あげまん菩薩

bosatu むかし、むかし、ある所に若者がおりました。許嫁(いいなずけ)との幸せな生活を夢みて気力に満ちていました。しかしその夢も気力も全て失ってしまいました。許嫁が突然の病で亡くなったのです。村に残って暮らす気にもなれず、家を離れてあちこち旅することにしました。 
山ぶかい辺りを放浪中、古びた庵(いおり)を見つけました。人が住んでいるふうもなく、そこで暮らして、坊さんになることにしました。毎日菩薩さまの前で手を合わせてお経を上げるものの、お経を諳(そらん)ずることはできませんでした。菩薩さまの前にあってもいつも頭にあるのは亡くなった許嫁のことでした。
ある日のこと、家々を托鉢していた時、偶然、旅籠(はたご)を営む美人女将(おかみ)に出会いました。許嫁と瓜二つです。
「あの人の生まれかわりだ。私はこの人に出会うことになっていたんだ。」と思いました。
その若い女将の言うことには、主人亡き後、一人で旅籠をきりもりしている、とのこと。若い僧は一夜の宿(やど)を頼みました。女将の美しさにすっかり心を奪われてしまったのです。その晩、女将の部屋にこっそり入ると、女将の布団の中にもぐり込み、恐る恐るその胸に触りました。女将は目を覚まし大声を上げました。
「一体何をしているのですか?」
「今晩ここに一夜の宿をとった僧です。あなたを一目見て好きになってしまいました。」とおどおどして言いました。
「お坊さんがこんなことするなんてどういうことですか。」女将は僧を諭(さと)すよう言いました。「前にも申し上げましたが、夫は昨年の春に亡くなりました。その後、再婚話も幾つかありましたが、明確な目標のない人とは再婚しないと心に決めました。あなたには明確な目標がおありですか。たとえば、経文を見ないでちゃんとお経を諳んじることができますか。それができたら、あなたに従うこともありましょう。」
亡くなった許嫁のことでまだ頭がいっぱいで、お経を完全に覚えてはいない、と若い僧は正直に言いました。
「それでしたら、山に戻ってお経を完全に覚えられるまで励みなさい。お経を覚えたらまたここへ来なさい。そのときは好きなようにしていいでしょう。」
若い僧の日々の生活は変わりました。時間のほとんどは経文の勉強に費やされました。経文の習得に全身全霊を注ぎ込み、数週間後には完璧にお経を諳んじられるようになりました。再び女将を訪ねて女将を前にしてお経をあげてみました。
「お見事です!こんなに短期間にお経を習得したとは。でも…お経を諳んじることしかできないお坊さんと床をともにしたくはありません。あなたにはまだ学ばなければならないことが幾つかあると思います。仏道修行をした学識のあるお坊さんとなら床をともにしてもよいでしょう。私のことを心底好いて下さるなら、山にこもって厳しい修行をして下さい。そう、…三年間。それができたら、私を抱いてもいいでしょう。それまでは、たとえ殺すと脅かされても拒みます。三年後にまた会いましょう。」女将は宣言しました。
若い僧は修行を積むことにしました。三年の間、昼夜庵にこもり沢山の教典を学びました。
「さてついに満願成就だ。」
学僧は三年ぶりに女将を訪ねました。女将の部屋には、布団が敷かれ、枕が二つ並べられていました。
「学僧になられましたか。」
「確かに。経典を沢山学びました。」
「いつも気になっていることが幾つかありますので聞いてよろしいでしょうか。」
「遠慮なく。どうぞ。」
女将がたずねたことに僧はすらすらと申し分なく答えました。
「あなたは今や学僧。疑いの余地はありません。あなたを拒む理由もありません。好きなようにして下さい。」
practice 女将は僧に身を任せる覚悟で布団に入りました。僧の喜びようと言ったらありません。女将と一緒に一つ布団に入れるのですから。さて、女将の肌に触(ふ)れようとすると、女将が耳元で囁きました。
「しばらくこのままでいさせて下さい。」
「わかりました。」
僧は長旅の疲れで、まもなく深い眠りに落ちてしまいました。すると女将が夢の中に出てきました。
「実は、私は女将ではありません。あなたが毎日拝んでいる虚空僧菩薩(こくうぞうぼさつ)です。僧侶の身にもかかわらず、あなたの関心事は経典を学ぶことにあらず、女子(おなご)を求めることにありました。私は美しい女性に姿を変え、あなたに経典を学ばせ、山で苦行するように仕向けたのです。」

僧侶が目を覚ますと、一人草むらに横たわっていました。初めて己(おのれ)の愚かさを実感しました。
「なんと愚かなことを!あの人が人間ではなく菩薩様であったとはゆめゆめ思わなかった!愚か者の迷いを払ってくださり感謝の気持ちで一杯です。」
僧は山の庵に戻り生涯を仏道修行に励みました。(kudos)

A Great Buddha Saved a Priest