入れ替わった花嫁(光秀伝)

akechi 戦国時代(十六世紀)、武将の誉れ高い明智光秀は、主君織田信長の重臣(じゅうしん)として仕え、丹波(京都)の地に領地を賜(たまわ)り亀山に城を築きました。
当時、光秀の通称は十兵衛、まだ独身でしたが、近江の国(滋賀)に、心を決めた女性がおり、その女性は、妹と一緒に両親の下(もと)で暮らしておりました。十兵衛は、近々上の娘御を嫁に貰い受けたい、と女性の両親に申し込みました。

七年の歳月が過ぎ、十兵衛は、許嫁(いいなずけ)を城に迎えたい旨の文(ふみ)を送りました。
十兵衛の文を読んだ娘の両親はどうしたものかと思い煩(わずら)いました。二人の娘に思わぬ災(わざわ)いがあったのです。二人は疱瘡(ほうそう)を患(わずら)い、妹はすぐに治ったものの、姉の方は重篤な症状で、治ったあと、顔をはじめ、身体中に疱瘡のあとが残り、かつての美しさを失ってしまいました。
「十兵衛様が結婚の約束をしたのは姉娘の方だが、とても城に行かせるわけにはいかない。どうしたものか。」父親は嘆き、母親は涙しました。
「人前に顔を見せることは娘にとってはさぞかし辛いことでしょう、まして十兵衛様にお顔を見られることなど。妹娘を城に送るのはいかがでしょうか。あの子は、同じ病に罹(かか)ったにもかかわらず、すぐに治りました。かつての姉のような美しさです。十兵衛様はもう長いこと娘達にはお会いではありません。花嫁が別人とは気がつかないのではないでしょうか。」母親が言いました。
「成る程、それはいい考えだ。十兵衛様は娘に長年会っていない。二人が似ているので、許嫁が当人かどうか気がつかない。たとえ気がついたとしても、大事にはならないだろう。十兵衛様はきっと妹娘を気に入ってくれるであろう。」父は合意しました。
「可哀想ですが、あの子は物わかりのいい子です。この思いを伝えれば、きっとわかってくれるでしょう。」
両親は、まず姉娘を呼び、十兵衛の文を見せました。
「あなたの結婚について夫と話し合いました。疱瘡を患い、あなたの容姿は変わってしまいました。十兵衛様の所にあなたを嫁がせたものかどうか思案していました。よく考えた末、あなたの妹を代わりに嫁がせることにしました。あなたには、とても気の毒なことですが、これがあなたの運命(さだめ)です。わかってくれますね。」母は目に涙を浮かべ、幸(さち)薄い娘に、結婚を諦めるよう諭(さと)しました。
最悪の事態を覚悟していたのに、娘はそれほど落胆したようには見えませんでした。
「十兵衛様と一緒になれないことはわかっていました。この醜い顔で、いとしい十兵衛様には会いたくありません。幸い、妹はわたしにとてもよく似て、頭も良く、心根(こころね)の優しい子です。十兵衛様の妻にはもってこいです。私のことは心配しないで下さい。私は尼になろうと思っております。」姉娘はきっぱりと答えました。
娘の決心を聞き、両親は涙が止まりませんでした。娘を気の毒に思うものの、もうどうにもならないことでした。
次に妹娘を呼び、母は言いました。
「十兵衛様から、あなたと結婚したい、との文が届きました。あなたは美しく、もう年頃です。二、三日中にあなたを亀山城に送ろうと思っています。」
娘は、母の言葉に驚き、言いました。
「そんなことを、仰る(おっしゃる)なんて、どうかしています。姉上がすでに嫁いでいるのでしたら、私はお二方(ふたかた)の勧めるお方(かた)と結婚します。でも、姉上はまだ嫁がずに家におります。順番が違うと思います。」
両親はどう答えたらよいものかわかりませんでした。しばらくして父が言いました。
「お前の言うとおりだ。できることなら、そうしたい。しかし、お前の姉は、尼になるつもりだ、と言っている。そのまま気持ちが変わらないなら奈良の法華寺に連れて行こうと思っている。お前は、十兵衛様との結婚を考えるだけでよい。十兵衛様は今や織田家の重臣の一人で武芸にもたけている。その上、信長様からいたく目を懸けてもらっている。これからが楽しみなお方である。前途有望な武将のもとにお前が嫁いでくれたら、どんなに嬉しいことか。願いを叶えてほしい。何としてもお前には幸せになってもらいたい。」
両親に強く諭(さと)され、妹娘は両親の望みを受け入れることにしました。
「姉上をとても不憫に思いますが、父上、母上がどうしてもと仰せなら、亀山城に参ります。」
両親は娘の言葉に喜び、準備を整え、娘を十兵衛の城に送り出す佳き日を選びました。
十兵衛は七年ぶりの許嫁との再会を喜びました。城に送られた美しい女性が実は許嫁の妹とは夢にも思いませんでした。三三九度の杯(さかずき)を取り交わした後、十兵衛は、しばしのあいだ、しげしげと新妻の顔を見つめました。何かがおかしいのです。子供の時の妻の顔を思い出そうとしました。
たしか耳の近くに黒子(ほくろ)があったはずだが、今はない。取り除いたのであろうか、と思いました。 
じっと自分の顔を見つめる十兵衛に、妻はついに言いました。
「十兵衛様は耳の近くの黒子のことを考えておられるのですね。ご覧の通り、私には黒子はありません。でも姉にはありす。姉は私よりずっときれいでした。でも疱瘡を患い、容姿が変わってしまいました。姉は尼になる決心をし、仏に仕えるため奈良の法華寺に行くとのことです。あなた様に嫁ぐように両親から言われた時、私が姉に代わって十兵衛様に嫁ぐのは順番が違う、理に反することと思いました。しかし両親の願いを断ることはできませんでした。十兵衛様の姉への深い愛を知ったからには、もはやここにいることはできません。十兵衛様との結婚など以ての外です。どうか私の愚かな行為をお許し下さい。私も本日、たった今、尼になります。」
そう言うと、妹は突然懐刀(ふところがたな)を取り出し、美しい黒髪を切ろうとしました。十兵衛は驚いて、急いで止めました。
「待ちなさい!早まるでない!そなたが尼になったところで、問題が解決するものでもない。それどころか、根も葉もない噂があちこちに広まるであろう。良い考えがある。そなたは五日程ここに居るがよい。それにしても、そなたは実に見事な武家の娘である。」
十兵衛は娘をなだめて髪を切るのを止めさせました。五日のあいだ二人は別々の部屋で過ごし、顔を合わせることもありませんでした。十兵衛は五日目、文を持たせて娘を両親のもとに送り返しました。
文にはこんなことが書いてありました。

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謹啓

私が結婚を約束したのはそちらの上の娘御です。たとえ疱瘡を患い、あばたが体中にあるとしても私は一向に構いません。私の許嫁に変わりはありません。私の良き妻になることでしょう。私は永久(とわ)の愛を誓います。どうか上の娘御を私のもとにお送り下さい。
追伸 下の娘御の誠実さと勇敢さに痛く感動しました。

                           敬具

両親は、十兵衛からの文を読み、自らの愚かな行為を恥ずかしく思いました。
「十兵衛様は何とすばらしく誠実なお方でしょう!」
両親は、十兵衛をたいそう賞賛し、姉娘を十兵衛のもとに送りました。
一目見て、十兵衛は妻の容姿が以前とは全く違っていることに気がつきました。
十兵衛は妻に言いました。
「時の流れと重い病(やまい)がそなたの面影を変えてしまった。だが、そなたの清らかな心根は決して変わることはあるまい。」
妻は十兵衛の深い愛を感じ、十兵衛の優しい言葉にこの上なく感謝し、全身全霊を込めて十兵衛に仕えました。(Kudos) 原作:西鶴:武家義理物語巻1の2「ほくろは昔の面影」


The Exchanged Bride