
酒呑童子
むかし、むかし、恐ろしくでかい鬼とその仲間が、丹波の国の大江山に、棲みついていました。鬼たちは、しばしば町や村に現れては美しい女子(おなご)をさらって行きました。
ある日のこと、一匹の鬼が町に現れ、ある裕福な家の娘がいなくなりました。父親は、鬼にさらわれて、大江山に連れて行かれたのではないかと思いました。宮廷に駆けつけ、帝(みかど)に、愛しい娘を囚われの身からお救い下さい、と哀願しました。
帝も、鬼の悪行にはつくづく頭を痛めていました。父親の頼みを聞き入れ、源頼光(平安時代の武将の一人)に命じました。
「頼光、大江山の鬼のことは存じておろう。最近、姿を現しては、しもじも、特に若い女子をさらって行くとのこと。そこで大江山に行き、悪しき鬼を即刻退治し、若い女子を救い出してもらいたい。」
「たとえ我が身が危険にさらされましても、喜んでその命(めい)をお受けいたします。」
頼光は、選りすぐりの武道に秀(すぐ)れ、敏腕(びんわん)な家臣四人を呼び寄せると、任務を説明しました。
「鬼どもを退治して、若い女子を無事に救い出すのは容易なことではない。まず我々は悟られないよう山伏に変装する。そして、鬼どもが山のどこに棲んでいるのか突き止めるのだ。」
頼光たちは、三社のやしろを訪れ、神のご加護を祈願しました。
山の岩場を登っていくと、三人の老人が、大きな平岩の上に座っていました。
「こんな人気(ひとけ)のない所で一体何をしているのですか?」
頼光が尋ねると、長老が答えました。
「あやしい者ではありません。私たちの妻や娘は、鬼にさらわれました。奴らに復讐し、家族を取り戻す機会を窺って(うかがって)いたのです。ところで、あなた方は、普通の修行僧には見えませんが、帝の命で鬼退治にやってきたのではありませんか。」
老人は、話を続けます。
「用心して下さい。鬼どもは、とても強くて、私たち並みのものには、とても歯が立ちません。秘策をお教えしましょう。鬼どもはいつも酒を飲んでいるので、その頭領(とうりょう)は、『酒呑童子』と呼ばれています。鬼たちが、酒を飲んで眠っている間に、襲うのが最適かと思います。ここに、不思議な酒を持参しております。人間には体によい薬ですが、鬼が飲むと、体力が失われます。鬼は歩くことも目をさますこともできなくなります。」
長老は袋から瓶子(へいし)と兜(かぶと)を取り出しました。
「これは『星兜』というもので、これを被っていれば、容易に鬼の首を切り落とすことができます。」
三人の老人は、立ち上がると言いました。
「どうやって鬼の根城(ねじろ)に入るつもりですか?道案内が必要なら、私どもが近場までご案内いたしましょう。」
三人の老人の後ろについて、五人の武人は、長い洞穴を抜けて、狭い谷にたどり着きました。
長老が言いました。
「私たちは、ここまでです。この谷を流れる小川の上流に行くと、美しい女の人がおります。鬼の根城への道を教えてくれるでしょう。」
三人の老人は霧の中に消えました。祈願した神社の神々に違いない、と武人達は気づきました。
およそ一時間後、一行は、老人が話してくれた通り、若い娘に出会いました。娘は川の近くで、何か赤いものを洗いながら、すすり泣いています。
「あなたはどなたですか。なぜ泣いているのですか?」
娘は驚いた様子で答えました。
「私は、かつては都に住んでおりましたが、鬼にさらわれ、ここに連れてこられました。両親や、家族のもの達が恋しくてたまりません。でも、鬼を恐れて、今までここにやって来た者はおりません。どうか家に連れて帰って下さい。」
頼光は優しく尋ねました。
「鬼のことをもう少し教えて下さい。」
「私の他に十人の女の人が囚われています。鬼が飲む血を、毎日、代わる代わる採られます。血がついた着物を洗うのが私の日課です。」
「我々が、その鬼どもを退治し、とらわれた人々をきっと救い出しましょう。」頼光は答えました。
「何と嬉しい知らせでしょう!夢のようです。この川の源に、鉄でできた鬼の砦(とりで)があります。鬼が二匹、いつも正門を守っております。毎晩、頭領の酒呑童子のために宴(うたげ)を開いています。酒呑童子は、巨体、怪力の持ち主で、その頭には二本の角、口には二本の牙のある、それは恐ろしい顔をしています。そして、いつも四匹の頑強な鬼に守られています。しかし、酒をたくさん飲んだ後は、ぐっすりと眠ってしまいます。その時が鬼を退治する絶好の機会です。」
五人は、命がけの戦いに向かって、更に歩(ほ)を進めました。
実際、鉄の門の前に二匹の鬼が立っていました。山伏の一行を見つけると、一匹の鬼が、もう一匹に話しかけました。
「うまそうな獲物が自分からやって来るぞ。しめしめ。」と言い、飛びかかろうとしました。すると、もう一匹が言いました。
「待て!まず、こいつらを、生きたまま連れて行こう。頭領の晩餐(ばんさん)にふさわしいご馳走になるからな。」
二匹の鬼は五人の男達を砦の大広間に連れて行きました。まもなく目の前に、でか鬼が現れました。
「こりや、人間ども!飛ぶ鳥さえ来ることかなわぬこの難関の地に、よく足を踏み入れたものよ。」
頼光は穏やかに鬼に言いました。
「私どもは、ご覧のとおり、この辺で修行中の山伏にすぎません。山道に迷って難渋(なんじゅう)し、その果て、ここにたどり着きました。酒呑童子と呼ばれるような偉大な大鬼さまにお会いできるとは思いもよりませんでした。これも仏さまのお導きかと存じます。さて、お願いがございます。今晩ここに泊めていただけないでしょうか?美味(うま)いお酒も持参しております。一口(ひとくち)いかかでしょうか、試してみませんか。」
頼光は酒呑童子に瓶子を見せました。それを見て、酒呑童子は頼光に微笑みました。
「なるほど、美味(うま)そうだ。今夜は、ここでゆっくりするがいい。こちらも客人をもてなす美味い酒の用意がある。たんと味わうがよい。」
酒呑童子は、赤い液で満たされた大きな盃を子分に持って来させました。
そして、頼光に言いました。
「まず、その方が飲んでみろ。」
頼光は、飲みたくない気持ちを押し殺し、一口すすりました。
「次はお前たちの番だ。」酒呑童子は、連れの者達にも飲むように勧めました。
「美味い。」男たちは満足しているふりをしました。
酒呑童子はご満悦の様子でした。
「美味いものを持って来い。」と、鬼たちに命じました。
「ただいま!」
二匹の鬼が、人間の腕と腿(もも)らしきものをまな板の上に載せてきました。
「客人のために料理しろ!」酒呑童子が命じ、一匹が切ろうとしました。
「待て!私が料理しよう。」頼光は小刀を取り出し、肉を少し切り、食べ始めました。
「私もいただきます。」他の武人達も食べ始めました。
酒呑童子は、勇気ある男達の食べぶりに感銘したようで、こう言いました。
「何と!その方どもが、このような酒や馳走(ちそう)を好むとは!一体お前たちは何者だ?」
「そう思われるのも理(ことわり)です。実は、私ども山伏は、喜捨(きしゃ)して下さったものを、拒(こば)んではいけないのです。お心のこもったおもてなし、誠にありがとうございます。」
頼光は深々と酒呑童子にお辞儀をすると、酒の入った瓶子を差し出しました。
「わたしの手元にあるのは、この国では、飛び切り上等の酒、と言われています。どうかご賞味下さい。まず、私が毒見しましょう。」
頼光は、大杯(たいはい)に酒を少し注ぐと、一気に飲み干しました。
酒呑童子は上機嫌で言いました。
「私も飲んでみよう。」酒呑童子は、酒の美味(うま)さに釣られて、何回も杯を傾けました。そして子分たちに飲むよう勧めました。
「うまいなあ!どうだ。こんな美味い酒は初めてだ。さあ、飲め。娘達を連れて来い!踊らせろ!」
頼光は、かすかに笑(え)みを浮かべました。
「ご存分にお飲み下さい!」
鬼たちは十分に酒を堪能しました。
まもなく酒呑童子と子分たちは力が抜け、眠ってしまいました。
「今だ!やれ!」
頼光は『星兜』を被り、剣を抜くと、酒呑童子の首を切り落としました。すると鬼の首は、頼光の頭をめがけて飛んできて、噛みつこうとしましたが兜のおかげで、難を逃れました。五人の武人たちは、五匹の鬼の首をそれぞれ切り落としました。あっと言う間に戦いは終わりました。
「さあ、みんな!鬼たちは、一匹残らず退治したから、もう大丈夫。安心して出てきなさい。」
囚われの娘たちが地下牢から出てきました。鬼が退治されたと知って、娘たちは感動しました。武将の近くに腰を降ろし、喜びの涙を流しました。
「本当ですか、夢ではありませんね?」娘たちは大喜びで抱き合いました。
頼光は、鬼の根城で、山のような財宝を見つけました。
都に戻った五人の武人は宮殿に招かれ、その勇敢な業績に対して、高位と過分なる褒美を授けられました。(kudos)画像提供:ポリ