frogs ある、古い池に、蛙がたくさん住みついていました。池の中や回りには、葦(あし)や蒲(がま)が一面に茂っていました。さらにその向こうには、一列に並んだ箱柳(はこやなぎ)が、風に揺らいでいました。
蛙たちは一日中ケロケロ鳴いていました。でも、実を言うと、蛙たちは単に鳴いているのではなく、話し合っているのです。
一匹の蛙が、まるで大学教授のような態度で、葦の葉の上に座り、講義をしていました。
「水は何のためにあるのか?それは我々が泳ぐためにある。虫たちは何のために居るのか。それは我々に食(く)われるために居る。」
「そうだ!そうだ!」
「その通りだ!」
ほとんど全ての蛙が雄弁な蛙に歓声を上げました。ケロケロ、ゲコゲコ...蛙の鳴き声が池中に響き渡りました。

丁度その時、箱柳の根元(ねもと)で昼寝をしていた一匹の蛇が蛙の合唱に目を覚ましました。蛇は、鎌首をもたげると、舌をチロチロと出し入れして、湖面や周囲の蛙を観察しながら、講話の成り行きに耳を傾けていました。
「土は何のためにあるのか?それは草木が育つためにある。では草木は何のためにあるのか?それは我々に日陰を提供するためにある。よって、大地のすべてのものは我々、蛙のためにある。」
「そうだ!そうだ!」
「その通りだ!」
池の全ての蛙が一斉に鳴きました。
二度目の蛙たちの賛成の声を聞く頃には、蛇はもう、すぐにも動けるように、準備ができていました。茂みの中に這い出し、葦の繁みから、向こうの様子を入念に窺いました。
葦の葉の上の蛙は、口を大きく開けて、仲間への演説を続けていました。
「空は何のためにあるのか?それは太陽が輝くためにある。では太陽は何のためにあるのか?それは我々の背中を乾かすためにある。よって、大空のすべては我々、蛙のためにある。水も、草木も、虫たちも、土も、空も、太陽も、すべて我々、蛙のためにある。宇宙も我々、蛙のためにあることは明白である。私はこの真理を明らかにし、宇宙の創造主である神に感謝の言葉を捧げたい。神よ!感謝します!」
snake 蛙は、空を見上げ、瞬き(まばたき)もせず、口を大きく開けて、もう一度言おうとしました。
「神よ!感・・・」
蛙が言い終えようとした時、蛇の鎌首が蛙に近づくと、あっと言う間もなく蛙を呑み込んでしまいました。
「何ということだ!」
「信じられない!」
「何と恐ろしい!」
池全体が大混乱におちいりました。池じゅうの蛙が大騒ぎをしている間に、蛇は葦の茂みの中に身を潜(ひそ)めました。
若い蛙が涙ぐみながらつぶやきました。
「水も、草木も、虫たちも、土も、空も、太陽も、すべて我々、蛙のためにある。とすると、蛇は何のためにあるのだろう?蛇も我々のために存在するのだろうか?」
若い蛙のつぶやきが年老いた蛙の耳に入りました。
「そう、その通り。蛇は我々、蛙のために存在する。蛇が我々を食(く)わなければ、我々、蛙はこの池で増えすぎてしまう。すると池が我々には狭くなってしまう。そこで蛇は我々の何匹かを食いにやってくる。食われた蛙は残りの蛙が幸せに暮らせるための生贄(いけにえ)である。よって蛇は我々、蛙のためにある。世の中の全てのものは我々、蛙のためにある。神よ!感謝します!」(kudos) 画像「蛙の合唱」:作徳 治昭

 原作:芥川龍之介


The frogs