
幽霊滝
島根県には「幽霊滝」という滝があります。その滝の近くには小さな祠(ほこら)があり、祠の前には小さな木製の賽銭箱があります。
これはその滝にまつわるお話です。
むかし、むかし、ある寒い晩のことです。囲炉裏を囲んで、女たちが麻糸を紡(つむ)いでおりました。仕事をしながら、幽霊話に花が咲きました。
一人が言いました。
「この世に幽霊なんているわけないよ。」
「そんなら、一人で幽霊滝に行って幽霊がいるか、いないか確かめて見なさいよ。」
そこにいる女たちは皆笑い声を上げました。すると一人がこう言いました。
「誰でもいい、そこに行って無事に帰って来る人がいたら、私が今日紡いだ麻糸を全部あげよう。」
それを聞いて、大工の女房のお勝が、立ち上がってこう言いました。
「本当に私に麻糸をくれるんなら、やってみよう。」
「でも、実際そこに行ったかどうか、どうやってわかるのかね。」
女たちは口々に言いました。
「祠の前にある賽銭箱を持ってきな。祠は滝の近く。滝に本当に行ったかどうか、これとない証拠だよ。」最年長の女が言いました。
「いいですよ。賽銭箱を持ってできるだけ早く戻ってきますとも。」
そう言うと、お勝は背中におんぶした二歳の赤児にねんねこ半纏(ばんてん)を掛け、森の方へ飛び出して行きました。
お勝は足早に森に向かいました。半時もたつと、滝の音が聞こえてきました。間もなく、星明かりのもと、滝しぶきが見えてきました。辺りを見回すと確かに滝の近くに祠がありました。お勝は何のためらいもなく祠の賽銭箱に手を伸ばしました。
すると、滝の方から聞き慣れない声が聞こえてきました。
「おかつ・・・」
お勝は恐怖で立ちすくみました。
「おかつ!」
再び、警告するかのように同じ声がしました。
お勝は恐怖におののきながらも、賽銭箱を仲間の所に持ち帰る、という企てを、止めようとはしませんでした。お勝は箱を小脇に抱えると、駆け出しました。滝の音が徐々に遠のいて行きました。女たちは一人残らず、部屋でお勝の帰りを待っていました。
お勝はみんなの前に賽銭箱を置くと、幽霊滝への道中と、滝の様子を話し始めました。女たちは固唾(かたず)を呑んで聞き入りました。
「ちゃんと行ってきたから、今日みんなが紡いだ麻糸はお前のものだよ。お勝、背中の坊やはさぞ寒かったろう。お腹もすいているに違いない。」
そう言うと、老婆は半纏の紐(ひも)を解(ほど)くのを手伝ってあげました。
「あれ、どうしたんだ!ねんねこが濡れてる!」
「血!」「血が!」みんなが叫びました。
「子供の頭がない!」(Kudos) 原作:小泉八雲「骨董」より