黄金の死人

むかし、むかし京の都にとても貧しい男がおりました。
「このみじめな自分を救ってくれるのは長谷寺(奈良県)の観音様だけだ。」と思い、男は一大決心をして長谷寺にお参りしました。
観音様の前に膝まずき、手を合わせて祈りました。
「観音様、私は名誉も贅沢な暮しもいりません。何とか口を凌(しの)げるだけで十分です。どうか、このどうしようもない貧乏から救って下さい。」
それからというもの、男は、毎月はるばる京都から奈良まで寺に出向くと観音様の前で、ひたすら祈りました。しかし、何の兆しもありません。
ある日、妻が言いました。
「お前さんは、どうしてあの寺に足しげく通うんだい?観音様にお願いしても無駄だよ。やめたほうがいいよ。時間と労力の無駄だよ。」
「そう思うのも無理はないが、ともかく、あのお寺に三年間はお参りをする、と決めたんだ。きっとお恵みがあるはずだ。」
奈良に通い始めて3年が過ぎました。男は相変わらず貧乏のどん底にいました。師走(12月)のある日、男は観音様の前で言いました。

「これがわたしの最後の祈祷です。ご存知の通り、相変わらずの貧乏です。このみじめな暮しは前世の報いに違いありません。お救い下さるつもりはないのですね。これできっぱりとあきらめ、この貧しい生活を受け入れる覚悟を決めました。これが私の運命(さだめ)でしょうから。」
その夜、男は、とぼとぼと都に帰る途中、突然腕を掴まれ、暗がりの空き地に引きずり込まれ、数人の男に取り囲まれました。
指図に従わなければ、命はないぞ、と脅されました。そのうちの一人が、十歳ぐらいの子供の死体を指さし、どすのきいた声で命令しました。
「この死体を近くの川岸に捨ててこい。」
hasekannon 貧しい男は、恐ろしくてぶるぶる震えました。自分が何をしているのかさえ分かりません。背中に死体を担ごうとしましたが、とんでもない重さです。
男は、恐る恐る言いました。
「一人では、どうにもこの死体を川岸まで運べません。まず家に運んで、うちのやつと一緒に、今晩間違いなくこいつを川岸に投げてきますから。」
「好きにしろ。」男たちはそう叫ぶと足早に立ち去りました。
男は、やっとの思いで死体を家に持ち帰りました。
「背中に何を担いでるんだい?」妻はうさん臭げに聞きました。
正気づいた男は、事の顛末(てんまつ)を妻に語りました。
「だから、言ったでしょう。」妻は怒って言いました。「お前さんは、まったく運に見放された人だね。家の中に死体をこのまま置いておけないよ。すぐに川岸に捨てに行きましょう。」
二人がかりで死体を持ち上げようとしましたが、驚くなかれ、死体は以前にも増して重くなっていました。一寸(いっすん)たりとも持ちあげることはできません。その上、岩のように固くなっていました。石で叩いて見ると、コンと言う音がしました。注意深く調べて見ると、何と、死体は純金でできていました。
「これこそ観音様からのお恵みだ!」男は歓喜の声を上げました。
二人は金の塊りを隠すのに、渾身の力で家の奥に引きずり込みました。翌日から、男は金槌と鑿(のみ)でそれを少しずつ削っては売りました。
まもなく男は国一番の金持ちになり、宮廷で働く好機を得ました。
男は前よりも足繁く長谷寺を訪れ、一層心を込めて観音様に祈りました。(kudos)

原作:今昔物語16−29「黄金の死人」/画像:アアト日曜画家


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