鉢かつぎ姫〜順境〜

young man ある日、若者が風呂に入り、娘に背中を流してもらっている時、ふとしたはずみに木鉢の下の娘の顔を見てしまいました。何とかわいらしい円らな瞳だ。
「こんなすてきな人は初めてだ。この人を妻にしよう。」若者は、心の中でそう決めました。
二人は互いに心を通わせ始めました。若者の母親は、息子の決心を知って、当然ながら反対しました。
「どこの馬の骨とも知れぬ娘だし、それに、あの醜い(みにくい)木鉢のかぶりもの!うまく行くわけがありません。よりにとってどうしてあんな子が好きになったのか理解に苦しみます。」
若者は言いました。
「お母さんの言うことはよくわかります。でも何が起ころうとも、私の気持ちは変わりません。あの子を追い出すというなら、わたしも一緒にこの家を出て行きます。」

困った母親は「嫁くらべ」をして、若者の許嫁(いいなずけ)と他の三人の息子の嫁を比べてみることにしました。そうすれば、醜い娘は恥ずかしさのあまり自から家を出るだろうと。
自分の体に引け目のある娘は、若者に言いました。
「ご免なさい。ここを出て行こうと思います。あなたには私よりずっとお似合いの人がいると思います。」
「そんなせつないことを言わないでくれ。この世で愛しているのはお前だけだ。死ぬまでお前と暮らしたいのだ。」
若者がそう言ったとたん、木鉢が娘の頭から外れて下に落ちました。娘の透き通るように白い肌、美しい円らな瞳、長い黒髪・・・若者は心ひかれ、しばらく言葉も出ず見とれていました。
そればかりではありません。娘の頭の上にあった箱の中から、金や銀、美しい着物や絹の反物が出てきました。
「どこにも行かなくていいんだよ。」と若者は娘にやさしく声をかけました。

「嫁くらべ」が始まりました。まず、長男の嫁が親族の前に出てきました。長い髪の美しい女性で、客人達のお土産にと、五反の絹布を持ってきました。
次に出てきたのは、上品な次男の嫁で、やはり五反の布を持ってきました。それからかわいい三男の嫁が、五反の布を持って現れました。
「これでご子息三人の嫁御寮たちにお目にかかった。皆たいそう美しくて、誰が一番とは言えない。さあ、いよいよ、四男の結婚相手の番だが、我々の前に顔を出す勇気はあるかな。」と親戚縁者は口々に言いました。

ついに襖(ふすま)が開き、娘が、静かにしとやかに、五反の絹布を捧げ持って部屋に入ってきました。
きれいな着物をまとった娘は、まるで春の陽をあびた桜の花の精のように、優雅に輝いていました。気品のある物腰、あの風呂番の娘とはまるで別人のようです。誰もがまばたき一つせずに見とれていました。三人の嫁もきれいですが、娘の前では、その美しさも色あせてしまいます。

そして、盛大な祝宴が始まりました。宴(うたげ)の最中(さなか)、三人の嫁はひそひそと相談すると、長男の嫁が姑に言いました。
「余興の時間がまいりました。私は琵琶、次男の嫁は鼓(つづみ)、三男の嫁は笙(しょう)を演奏します。」
そして、娘の方に向いて、
「あなたは琴を弾いて下さいませんか。」と言いました。
「上手に人前で弾けないと思いますが、どうしてもとおっしゃるなら、弾いてみましょう。」と女性は控えめに言いました。
誰もが驚いたことに、難しい曲を完璧に弾きこなしました。賞賛の声があがりました。すると三人の嫁はまた身を寄せて、何か相談しました。今度は次男の嫁が女性に近づき、
「庭をご覧遊ばせ。桜の花が何と美しいこと!和歌を一首詠んで下さいませんか。」と言いました。
「みなさんにご満足いただけるような歌は詠めないと思いますが、どうしてもとおっしゃるなら、詠んでみましょう。」
少考すると、女性は短冊に水茎も麗しく(みずくきもうるわしく)一首したため、透き徹るような声で詠みました。

  もの言わぬ 花の声聞け 我がさだめ

 耐えてこそ咲く 春も来るらめ

若者の両親は、娘がこれまでに出会った数々の苦労を思い、同情の念を禁じ得ませんでした。両親は、その娘が、優雅さ、美しさ、教養を備えた、息子にふさわしい嫁であることを認めました。娘が自分の過ぎこし方を明かしたことはありませんでしたが、二人の結婚に何の障害にもなりませんでした。

娘は三人の子宝にも恵まれ、夫と幸せな日々を送っていました。一つ気がかりなことは、実の父のことです。出家して修行僧として諸国を行脚している、といううわさを耳にしました。何でも出家を決意した大きな理由は後妻の冷酷さと金遣いの荒さとのことでした。娘はかわいそうな年老いた父に会って孫の顔を見せてあげたいと思いました。
一方、父親は行き先々のお寺で観音さまにお願いしました。
「娘がまだ生きていたら、どうかもう一度逢わせてください。自分の愚かさをわびたいと思います。」

ある日のこと、ある寺にお参りしていました。すると三人の子供を連れた若者が自分の方にやって来ました。子ども達を見て、父親は突然泣き出しました。若者は驚いて、声をかけました。
「どうしたのですか。」
hachihime 「気にしないで下さい。実は、十三歳のとき家から追い出した娘の面影に、この子供達がどこか似ているのです。」
年老いた僧はことの顛末(てんまつ)を若者に話しました。若者は他人事には思えず、僧を案内して家に帰りました。妻はその瞬間、僧の顔をじっと見つめ、嬉しさに思わず叫びました。
「お父さん、私よ、あなたの娘よ。この人は私の主人。それにこの子供達はお父さんの孫よ。」
「夢に違いない。これが夢でないとすれば、娘と再会できたのは観音さまのおかげだ。」
父は娘の家族に迎えられ、それからずっと娘の家族と一緒に幸せに暮したとのことです。(Kudos)おとぎ草子物語より
A Girl With a Bowl on Her Head-Misfortune-

A Girl with a Bowl on her Head-Fortune-