鉢の木

鎌倉時代のお話です。一人の僧が、上野(こうずけ・群馬県)の寂しい田舎道を歩いていました。僧は信濃(しなの・長野県)を行脚していました。
「寒くなってきたな。そろそろ鎌倉に戻る頃だな。」
雪も降り始め、その晩は大雪になりました。一夜の宿を探さなければなりませんでした。幸いにも一軒の家が見つかり、戸口を叩きました。
「お頼み申します。」
「どちらさまでしょうか。」
どこか上品な婦人が顔を出しました。僧を目にしてちょっと驚き、がっちりした夫の方に振り返りました。
「愚僧は、諸国を旅する修行僧です。外が暗くなってしまいました。今晩ここに泊めていただけないでしょうか。」
「つれあいの許しがあっても、お客さまをもてなす余裕はありません。粟(あわ)の御飯しかございません。」
「それで十分です。」

三人は囲炉裏を囲んで、食事を取りました。
「昔は、お金もあってそれなりの生活をしていました。あの頃、粟を食べるとは夢にも思っていませんでした。しかし、今はこの有り様です。」
夫は立ち上がると、外に出て、盆栽を三鉢持ってきました。
「どれもみんなすばらしい盆栽ですね。」
「これをくべて暖を取りましょう。裕福だった頃は、植木も沢山ありましたが、今はそんな余裕はありません。みんな人にあげてしまいました。それでも、松と桜と梅の三鉢だけは手元に置いておきました。せめてものおもてなしに、この木をくべて暖を取りましょう。」
「とんでもない!さきほどから、心温まるご親切を十分に頂戴しております。運が向いてくれば、ふたたび幸せになれるでしょう。その時まで宝物として大事にとっておいて下さい。むやみに盆栽を切って燃やしてはいけません。」
「いえ、いえ。私は今や枯れ木のようなもの、二度と日の目を見ることはないでしょう。」
主(あるじ)は、まず梅の木に斧を入れ、火の中にくべました。春の先駆けは梅です。次は桜、あの美しい花を思い出しました。そして最後に松、あのいつも変わることのない緑の葉を思い出しました。鉢の木は勢いよく燃えだし、囲炉裏を囲んで座っている三人を暖めました。
僧は改めて主に言いました。
「ところで、お名前を伺ってもよろしいかな。」
「名のる程の者ではございません。」
「それなりのお方とお見受けしました。是非とも。」
「是非と言うのでしたら、今はこんな身ではございますが、かつては佐野(栃木県)と言う所の領主、佐野源左衛門常世(つねよ)と申します。」
「一体何があったのですか。」
「身内で謀反(むほん)が起こり、領地を奪われ追放されました。」
「どうして鎌倉殿に報告しなかったのですか。」
「あいにく当時、執権殿は鎌倉におられませんでした。諸国を行脚しているとのことでした。今は貧しくとも、武士の誇りは忘れておりません。あれをご覧下さい。」主は床の間を指さしました。
「私の鎧(よろい)、兜(かぶと)、刀です。馬もいます。いざ、鎌倉という時は、あの古びた鎧を身にまとい、刀を腰に差し、馬に打ち乗り鎌倉めざし、戦いが始まれば先陣をきります。惨めな負け犬として生きるより、潔く死ぬ覚悟です。」
主があつく語るのを、僧は真剣に聞いていました。
翌朝、雪も止み、立ち去り際、
「鎌倉においでの際は、お訪ね下さい。力になりましょう。」と、僧が言いました。

実は、その僧こそ第5代執権(鎌倉幕府政将軍補佐の最高職)北条時頼その人でした。時頼は鎌倉に戻るやいなや、下知(げじ)を出しました。

関東一円の全領主は、家臣とともに、ただちに鎌倉に参上のこと

我が国の一大事と思ったのは、まさにあの男でした。古い鎧を身にまとい、刀を腰に差し、馬にまたがり、鎌倉に急ぎました。何千もの武士(もののふ)がすでに集結していました。古くてぼろぼろの鎧をまとったみすぼらしい男は、みんなに笑われていました。
時頼は家臣の一人に命じました。
「一番みすぼらしいみなりの男を連れて参れ。鎧がぼろぼろのはずだ。」
当然ながら、あの男程みすぼらしい者はおりませんでした。
「執権殿がお待ちかねだ。すぐお連れ申そう。」家臣は男に言いました。
「私はそのような者ではありません。人違いに相違ありません。」
「いや、そこもとだ。そこもとに相違ござらぬ。」
samurai 男は、よからぬ者が自分に濡れ衣を着せたのではないか、と思いました。執権の前に引っ張り出されると、男は深々と頭を下げました。

「元気であったか。あれは大雪の晩のことであったな。お前は旅の僧を泊めたな。それが、この私だ。覚えているか。」

男は、はっとして、顔を上げました。そして一層深々と頭を下げました。
「あの晩、こう申したな。『いざという時は、鎧をまとい、刀を差し、馬で鎌倉に出陣する。』とな。
その通りの行い、あっぱれであった。武士達に鎌倉に集結せよ、と命じたのは、お前が約束を守るかどうか確かめたかったからだ。約束どおりであったな。所望するものを何なりと申してみよ。まずは、謀反人からお前の領地、佐野を取り戻して進ぜよう。 謀反人は後で成敗しよう。植木を焚いてくれたこと、大変うれしかった。あの親切忘れてはおらぬ。確か、梅と桜と松であったな。返礼として、三つの場所、加賀(石川県)の田、越中(富山県)の井、上野(群馬県)の井田を進ぜよう。」
執権北条時頼は、これらの場所を記した書付けを男に手渡した。男の顔に笑みが浮かんだ。男をあざ笑った者は、うらやましげなまなざしであった。(Kudos)

Three Dwarf Trees