春山秋山

spring mountain むかし、むかし、但馬の国(兵庫県北部)に美しい女神が住んでいました。幾人かの神様が女神との結婚を望んでいましたが、女神は誰にも愛情のかけらさえ示しませんでした。
春山、秋山という兄弟の神様も他の神様と同様、女神に好意を抱いておりました。
ある日、兄神が弟神に言いました。
「私は、女神の愛を得ようといろいろと努力してきたが、一向に関心を示してくれない。お前には、女神の心をつかむことが、たやすくできるか?」
「わけないことです!」弟神はにっこり笑いました。
「ふん!それなら、お前と私で、どちらが女神の愛を得られるか競争しよう。もし私が負けたら、今着ている服をお前にあげよう。それから、お前の結婚式には、飲みきれないほどの酒と、山海の珍味を揃えてやろう。」
弟神は兄神の言葉にますます興味を示して、こう言いました。
「ありがとうございます。では私が負けた時は、お兄さんが望むものは何でも差し上げます。そしてお兄さんの結婚式のお客をもてなします。」
弟神は家に帰ると母親に兄との賭けのことを話しました。
「そうですか。それではお前が勝てるようにしてあげよう。」と母親は言いました。
母親は藤蔓(ふじづる)をたくさん集めると、それで布を織って着物を作ってやりました。それに藤蔓の弓矢も作ってやりました。弟神は大そう喜んでその着物を身にまとうと、藤蔓の弓矢を携(たずさ)え、野を越え、山を越えて女神の家に急ぎました。
弟神が、女神の家のすぐそばまで来た時、紫色の藤の花が咲き始めました。めざす家に着く頃にはもう満開でした。弟神は、戸口に藤の花の美しい弓矢を立てかけ、女神が顔を出すのを心待ちしていました。やっと女神が現れると、案の定、美しい弓矢に気づきました。それを手にして家に入ろうとした時、弟神は、すかさず女神に声をかけました。
「私と結婚して下さい。」
autumn mountain 振り返って見ると、そこには、美しい藤の花に包まれた、若い神様がいたのです。女神は神様を見つめました。
やがて二人は恋に落ち、子供を授かりました。
それから一年が過ぎ、弟神は兄神に言いました。
「お兄さんは、その着物を私に下さると約束なさいました。それに、私の結婚式には、お酒や食べ物を振舞って下さると。」
しかしながら、兄神は弟神を妬(ねた)んでいましたから、軽蔑した口調で言いました。
「そんな約束をした覚えはない。」
弟神は兄神の不誠実さに腹を立て、母親に話しました。母親も立腹し、兄神を叱りました。
「どうして約束を守らないのですか。恥ずべきことです。それでは人間と同じではないですか。神として嘘をついてはなりません。」
しかしながら、兄神は決して約束を果たそうとしないので、母親は竹の籠(かご)を編むと、石に塩をふりかけ、それを竹の葉で包んで、その籠に入れ、かまどの上に置きました。そして、こんなふうに言いました。
「あのような嘘つきには、呪いをかけてやる。竹の葉がしおれるように青くなってしなびてしまえ。塩のように干からびてしまえ。石のように沈んでしまえ。」
兄神は、日に日に痩せ細り、遂には、まるで骨皮筋右衛門(ほねかわすじえもん)のようになりました。兄神は母親に自分の不誠実さを詫びました。母親が呪いを解いてやると、兄神は、もとのように元気になりました。(kudos)原作:楠山正雄(くすやままさお1884-1950)

The Brother Gods