初天神

hanasika 1月25日は初天神の日です。妻は夫に息子を連れて行くように勧めますが、夫は渋い顔。丁度その時、二人の話を小耳にはさんで、息子が部屋に入ってきます。
「父ちゃん、天神さまに行くんだね。おいらも連れてっておくれよ。」
「うーん。お前を連れて行くと『父ちゃん、あれ買って、これ買って。』と言うだろ。お前はろくなことを言わないからな。」
「父ちゃんを困らせたりしないよ。いい子にしてる。何か買って、なんてせがまないから。」
「本当か?駄々こねないだろうな。あれ買って、これ買って、なんて言わないな。」
「いい子にするよ。我慢するから。」
「いい子でいるって約束できるなら、連れて行ってやる。でも1回でも約束破ったら、あの川の中に放り込むぞ。河童に食われちゃうぞ。」
「ばか言わないでよ。父ちゃん。河童っていうのは空想上の動物だよ。」
「お前はいつも減らず口を叩くな。生意気な奴め。」
そうこうしている内に、二人は天神さまの門の近くにやってきました。息子は通りの人だかりを見て興奮しています。
「わー!すごい人出だ。見て、お店も沢山出ているよ。綿あめ屋、たこ焼き屋、おいらの好きな物ばかりだ。ほら『食べてごらん。』って書いてあるよ。父ちゃん、僕、『これが欲しい、とか、あれが欲しい、とか言ってないよね。いい子だろう。ね?だから、ほうびに何か買って。』
「ほら、また始まった。何も欲しがらないって約束だろう。」
父親は息子をたしなめます。でも子どもはあきらめません。
「あの子、お面買ってもらってる。その横の女の子、煎餅買ってもらってる。両方欲しいな。でも何か買ってなんて言ってないだろう。約束だからね・・・おっ、あんな所にあめ屋が出てる。珍しいな。」
「珍しくはない。飴やの出店ならあっちにもこっちにもある。」
「父ちゃん・・・、あめ玉買って、一つだけでいいから。ねっ、頼むから、お願い!」
子どもは手を合わせて何度もお願いする。
「手を合わせるな。みんな俺のこと見てるじゃないか。俺がお前のことをいじめてるように思われてしまう。わかったよ。あめ玉だな。一つだけだぞ。どれが欲しい。赤いやつか。」
「嫌だよ。赤いのは女の子みたいだ。」
「生意気な奴だな!じゃ、隣の黄色いのは。」
「おいらの好みじゃないよ。この黒いのがいい。」
「わかった。これだけだぞ!他には何も買ってやらないからな。わかったな。」
「うん、わかった。」

黙って、二人は通りを歩いて行きます。子どもが声を出します。
「わあ!父ちゃん、団子屋さんが出てる。一串買って。」
「またか。だめ!」
「一串だけ買っておくれ。ねっ。」
「だめ!」
「一串だけ買って。」子どもは周りの人に聞こえるようにわざと大声で叫びます。
「知らない人に向かって大きな声を出すな。止めな!わかったよ、買ってやるよ。約束が違うじゃねいか。みつは着物が汚れるからあんこにしな。」
「みつの団子が食べたい。」
「あん。」
「みつ。」
「あん。」
「みつ、みつ!みつ!!みつ!!!」もう手に負えません。
「うるさい!大声を出すな!わかったよ、本当にこれだけだぞ。もう何をねだっても他には一切買ってやらないからな。わかったな。」
「うん、わかった。」

tatutenjin 二人は本堂に向かって歩いています。子どもはまた大きな声を出します。
「見て!あそこで凧を売ってるよ。」
「いい子でいるって言わなかったか。何も欲しがらないって約束なのに、あめ玉と団子を買ってやったじゃないか。」
「買ってよ、父ちゃん。もう何も欲しがらないから。」
「この間、買ってやったのが家にあるだろう。それで遊べばいいじゃないか。」
「もうないよ。ちょっとつまずいたら、飛んでっちゃった。」
「お前が悪いんだろ。」
「ねえ、凧買ってったら。」
「だめだって何回言わせるんだ。」
「欲しいよー。」
「黙れ。」
「たこ!たこ!!たこ!!!たこが欲しい。」
「ほら、またみんながこっちを見てる。困った奴だな。これだからお前を連れて来たくなかったんだ。」そうつぶやくと、息子に言いました。
「やれやれ、負けたよ。どれが欲しい。」
「虎の顔が描いてあるやつ。」子どもは気に入った凧を指さします。
「とんだ物入りだったな。」父親はぶつぶつ言います。
子どもは嬉しそうに両手に凧を持って人混みの中を歩いています。すると子供はこう言い出します。
「父ちゃん、今ここで凧揚げしたいな。」
「こんな人混みの中で凧揚げなんか出来ないじゃないか。自分勝手もいい加減にしろ。」
子どもがどうしても通りでたこ揚げしたいと言い張るので、父親はしぶしぶこう言います。
「わかったよ、父ちゃんがしっかり凧糸をもっているから、お前は凧を持って後ろにさがれ。さがって、もっと後ろにさがって!!」
子どもが後ろにさがって行くと、酔っぱらいとぶつかり、手から凧を放してしまいました。父親は男に謝ります。
「どうもすみません。手前どもの息子です。ご勘弁願います。」
凧は風に乗り、空高く上がり始めます。凧糸をしっかりつかんで、父親はだんだん興奮してきました。
「ほーら!もっと上がれ!どんどん上がれ!天まであがれ!」
父親は凧揚げに没頭し、別の酔っぱらいとぶつかってしまいます。父親が謝る前に、息子がこう言います。
「どうもすみません。手前どもの父親です。ご勘弁願います。」そして、さらにこう付け加えます。
「父ちゃんを連れて来なきゃよかった。」(Kudos)「古典落語より」

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