松山鏡

むかし、むかし、ある所に、若いお侍さん夫婦が住んでおりました。二人には幼い娘さんがおりました。
ある年のことです。お侍さんは江戸に所用で出かけました。若奥さんは娘と一緒に帰りを待ちました。
夫は、いつも必ずお土産を買ってきてくれました。娘にはお菓子と人形を、愛する妻には鏡を買ってきました。
初めて鏡を見た妻は、興味津々でした。鏡の中に顔が、女の人の顔が、若い美しい笑顔の顔が見えました。それが誰だかわかりませんでした。妻は、誰だか、夫に尋ねました。
夫はニコッと笑って言いました。
「お前だよ。お前の顔だよ。」
妻は愛する夫からの贈り物を大事に引き出しにしまっておきました。
数年の幸せの日々が過ぎた時、妻は突然の病に倒れてしまいました。死期を悟った母は、娘を枕元に呼び寄せると、鏡を手渡し、言いました。
「娘よ、よくお聞き!お母さんは病で、もう駄目です。でもお母さんが死んでも悲しがってはいけません。鏡を見れば、いつもそばにいますから。」
お母さんが亡くなり、娘は毎日鏡を覗きました。いつもそこにはお母さんがいました。
娘は自分の顔を見ているとは思いませんでした。鏡を見れば、お母さんに会えると思っていました。娘はお母さんとそっくり、若く美しくなっていました。お母さんに毎日話しかけ、鏡を大事にしました。
父も、時々その光景を目にし、ある日娘に言いました。
「娘や。どうして毎日鏡に話しかけるのだ。」
「鏡を覗くと、いつもお母さんがいます。お母さんはいつも若くて綺麗で微笑んでくれます。話しかけてはくれませんが、いつも励ましてくれます。」
父は、娘の話を聞き、言葉が出ません。涙が頬をつたわりました。(kudo)