
隠れ里
むかし、むかし、ある村のはずれに大きな岩がありました。
ある日のことです。村に住むある男が不思議な体験をしました。岩の近くを通り過ぎようとした時、中から奇妙な音が聞こえて来たのです。男は鳥肌が立ちました。男の不思議な体験の噂は村中に広まりました。噂を確かめようと何人もが岩の所に行ってみましたが、まさにその通りでした。岩の中に人がいて話をしているようでした。岩の後ろに人が隠れているかもしれないとも思いましたが、誰もいません。それからは、その岩は「不思議な岩」と呼ばれるようになりました。
ある日のことです。馬に乗った旅人が、たまたま「不思議な岩」の前を通りかかりました。すると突然眠けをもよおしので、馬を岩の近くの木に繋ぐと、しばしうたた寝をしました。
しばらくして、旅人は馬のいななきで目を覚ましました。何と、馬が、小さくなって、岩の小さな穴に引き込まれているではありませんか。旅人は目が飛び出る程驚きました。馬の手綱に何万匹というアリがいて、馬を穴に引きずり込んでいるのです。男は、馬のしっぽを必死に引っ張りました。すると知らぬ間に、彼自身も小さくなってしまいました。馬を取り戻そうと必死に引っ張りますが、とうとう男も馬の後を追うように穴に引きずり込まれてしまいました。
アリがどこかに行ってしまうと、穴の中には、旅人と馬だけが残りました。あたりを見回すと、そこはまるで「むら」のようでした。数軒の家があり、その周りには畑もありました。畑では人が働いていました。
―待てよ。頭に角があるぞ。何だ、あれは、人間ではなく鬼だぞ。ここは「鬼の村」に違いない― 彼は恐怖で体が震え始めました。
鬼が一人(匹)近づいてくると、こう言いました。
「ようこそ鬼の村へ。」
男は、とても恐ろしくて、その場に座り込むと、地面にひれ伏して命乞いをしました。
「よかったら、わしの馬を差し上げますので、命だけはお助け下さい。」
鬼は大声で笑うと、こう言いました。
「何、馬をくれると言うのか。ありがたいことじゃ。見ての通り、ここの畑の土はかなり固い。馬があれば、容易に耕すことができる。」
男は、鬼が自分を殺さないことを知ってほっとしました。さらに鬼は、こう言いました。
「それでは代わりに礼をしよう。お金ではどうかな。」
― 鬼が馬の代わりにお金をくれる。― 男は、夢を見ているようでした。
「これからは、お金がいるときは、ここに来ればよいぞ。」と言うと、鬼は男にお金を手渡しました。それは、予想していた以上の金額でした。
男が、立ち去ろうとすると、鬼が念を押しました。
「いいか。ここのことは、絶対誰にも話してはならん。我々のことも一言も話してはならんぞ。よいか。」
それからと言うもの、男は働くことはしませんでした。村に家をかまえると、のらりくらりと時を過ごしました。
言わずもがなのことですが、男はお金がなくなると、鬼の所にお金をもらいに行きました。
ある晩のことです。村人とお酒を楽しんでいる最中、軽率にも秘密を漏らしてしまいました。鬼が、あれほど誰にも秘密を漏らしてはいけないと、約束させたにもかかわらず、お酒が入って、つい話したくなってしまったのです。「鬼」友達のことを自慢してしまったのです。
「鬼の友達がいて、お金がいる時は、いつも恵んでくれる。「不思議な岩」の穴の中に住んでいる。もう俺は一生金には困らない。」
村人たちは、男の話を笑い飛ばしました。男は、躍起になって、本当だと、言い張りました。しまいに、そのうちの一人が言いました。
「本当だと言うなら、その鬼の友達に会ってみたいものだ。」
次の朝、さっそく男は、村人たちを連れて岩のところに行きました。ところが、岩には穴一つありません。その時です。誰かが自分のことをあざ笑っている気がして、鳥肌が立ちました。村人たちも同じ気持ちでした。身震いがして、一目散に逃げ出しました。
男は、まもなく持っていたお金を全部使い果たしてしまいました。鬼から何回となくお金をもらっていたので、すっかり怠惰な生活が身につき、一生懸命働く気をなくしていました。村にもいられなくなり、再び、旅回りを始めました。でも今度は、乗る馬もありません。とぼとぼ歩く彼の姿を想像できますか。そうです。彼は、旅人には違いありませんが、乞食になってしまったのです。(2004.4.1)