
金の斧
むかし、むかし、貧しくても正直な木こりと病弱な妻が森の近くに住んでいました。男は森で薪を切って一生懸命働いていました。でも妻の薬代に回すお金はありませんでした。
ある日の夕方のことです。太陽がゆっくりと沈もうとしている時、男はまだ森の中、湖のすぐそばで、斧を持って仕事をしていました。もう一振りで木が倒れます。そしたら家に帰ろうと思っていました。でも最後の一振りは失敗でした。斧はビューンと木立を抜け、小さな湖に落ちました。『ボチャーン』。斧はあっという間に水の中に消えてしまいました。
男は湖のふちにかけより、膝まずき、斧が落ちた辺りを覗き込みました。木こりは斧を失くして何とがっかりしたことでしょう。長年使っている、ごくありふれた鉄の斧ですが、仕事を終えるといつも磨いでいたので、さび一つありません。家族を養っていくには無くてはならない大切な斧でした。
大きく溜息をつき、つぶやきました。
「たった一つの鉄の斧。あれがなくては仕事ができない。どうしょう。」
その時です。水から靄が立ち上がり、まばゆい姿が現われました。男は驚きのまなこでその姿を見ました。
「そんなに恐がる必要はありません。私は湖の精です。とても困っているようですが、どうしたのですか。」
「斧を失くしてしまいました。たった一挺の斧です。あれがないと仕事ができません。」男は弱々しく答えました。
「おや、それは大変なことですね。わかりました。力になって上げられるかもしれません。」と湖の精は同情すると、水の中に飛び込みました。
しばらくすると湖の精は両手に斧を抱えて出てきました。
「あなたが落としたのはこの斧ですか。」それはまばゆいばかりの金の斧でした。
「と、とんでもない。私のではありません。私のは金の斧なんかじゃありません。」と、がっかりした様子です。
「そうですか、それではちょっと待っていてください。」と言うと、湖の精は再び水の中にもぐり、まもなく両手に銀の斧を抱えて出てきました。
「さあ、これはどうですか。あなたのでしょう。」
「申し訳ありません。それも私の斧ではありません。私のは木の柄がついたごく普通の鉄の斧です。そのように光ってはいませんが、木を切るには十分です。手元に戻ってくればいいのですが。」と男は希望を失い言いました。
湖の精はまた水の中に飛び込み、今度は両手に鉄の斧を抱えて戻ってきました。
男はそれを見て、顔がパアーッと明るくなりました。
「それこそ私のです。私の愛用の斧です。よかった。何とお礼を言ったらよいものか。あなたのおかげで使い慣れた斧が戻りました。一安心です。日も暮れました。家に戻らなくてはなりません。本当にありがとうございました。」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。」湖の精の声に、木こりは歩みを止めました。
湖の精はまた水の中に潜ると、すぐに両腕に金の斧と銀の斧の二挺を抱えて出てきました。
「あなたは稀に見る正直者です。あなたの正直さと誠実さにいたく感動しました。この二挺の斧も差し上げましょう。」
「私に金と銀の斧をくれるというのですか。かたじけないことです。本当にありがとうございます。」
「それから、もし一つだけ願いがかなうとしたら、あなたの願いは何ですか。」
「何もありません。でも、実を言うと、妻が長年病気で床に伏しております。昔のように元気になって欲しいと思っております。それが私の唯一の願いです。」
男が家に帰ると、妻が鼻歌を歌いながら晩ご飯の用意をしているではありませんか。とても長患いしていたようには思えません。夫は妻に素晴らしい斧を見せて、そのいきさつを話しました。言うに及ばず、二人にとって最高の夜になりました。
数日たったある日のことです。近所に住む木こりが一人やって来て、壁の古びた斧の隣に掛かった二挺の見慣れない斧に目を留めました。
「あれはお前のものか。金の斧と銀の斧。そうだな。あんなピカピカの斧初めて見るな。一体どこでどうやって手に入れたのだ。」疑いの眼で、でも、うらやましそうに尋ねました。
正直者の木こりはあの不思議な体験を黙っているわけにはいきませんでした。
隣に住む木こりは錆びた斧を持つと、さっそく湖に駆けつけ、斧を水の中に投げ込みました。そして大きな声で、さも一大事のように叫びました。
「困った。どうしよう。」すると湖の精が現われました。
「何故泣いているのですか。」
「誤って斧を水の中に落としてしまいました。あれが無くては仕事が出来ません。どうしたらよいでしょう。」と言うと、そら涙を流しました。
「おや、まあ。何とかなるでしょう。」森の精は水の中に飛び込むと、すぐに金の斧を持って現われました。男は、金の斧を見て大きな声で叫びました。
「それです。それこそ私が失くした斧です。ありがたや。」男は、湖の精に両手を突き出しました。
「この嘘つき。そなたのような不正直な人は嫌いです。お前の斧も戻しません。」と言うが早いか、森の精は、水の中に戻ると二度と出てきませんでした。
欲深い、不正直な男はすっかり落ち込み、家に戻りました。金の斧は手に入りませんでした。それだけではありません。自分の斧も失ってしまいました。これから先、斧なしでどうやって仕事をしていけるのでしょう。全く途方にくれて、重い足取りで家路に着きました。
入り口を開けようとすると、中から妻のうめき声が聞こえてきました。いつもはとても元気な妻ゆえに、オヤッと思って、こわごわ戸を開けました。
妻は、そこにかがみ込み、「脚を折ったもようです。」と言いました。そして痛みをこらえながら、事の顛末を語りました。どうも夫が湖の精に「それです。それこそ私がなくした斧です。ありがたや。」と話したその時に脚を折ったようです。(kudo with Itaya)