
めくらぶどうと虹
城跡のオオバコは実をつけ、アカツメクサは枯れてこげ茶色に変わり、畑のアワは収穫されていました。
「刈り取られたぞ。」ネズミは巣穴から頭をひょっこり出すと、すぐに引っ込めました。
その城跡は堀に囲まれ、城壁をススキが覆い、風に揺れています。城跡の中央に四角い小高い丘があり、そこには藪がありました。その藪の中に、虹色に熟(う)れた実をつけためくらぶどうの木がありました。日照り雨が降ったので、草に宿った露しずくがきらきらしましたが、向こうの山は暗くなりました。しかし、にわか雨が過ぎると、草のしずくはさらにきらきらと、そして山々は明るくなり眩しい程でした。山からモズの群れがてんでんばらばらに飛んで来ると、ススキの銀色の穂に一斉にとまりました。
めくらぶどうは、その光景に感激し、深いため息をつき、葉からしずくをたらしました。
冷たい風が東の灰色がかった山の上に吹くと、夢の架け橋のように大きな虹が山の上に架かりました。
めくらぶどうの樹内で、樹液が激しく脈打ちました。めくらぶとうは心から美しい虹と話をしたいと思いました。めくらぶどうは、虹への思いがどんなに強いか、どんなに恋焦がれているか話したくて仕方ありませんでした。虹と話さえ出来れば、明るく白い、でも、寒い冬のあいだ中、眠りにつくことなど、いや、たとえ永久に目がさめなくても、一向に構いませんでした。
「虹さん!こっちを見て下さい。」かすれた声で叫びました。いつもなら澄んだ声でしたが、緊張のせいか、きれいな声にならなかったのでしょう。
優しい虹はめくらぶどうを見下ろしました。
「めくらぶどうさん。何かご用ですか?」
めくらぶどうはうれしそうに虹に言いました。
「虹さんをこの上なく尊敬しています。」
虹は、ふっーとため息をつくと、めくらぶどうに言いました。
「この上なく尊敬しなければならないのは私の方ですよ。どうしてそんなに悲しい顔をしているのですか。」
「私はじきに死んでしまいます。」
「まだ若いのに、どうしてそんなことを言うのですか。それに冬が来るまでまだ二カ月もありますよ。」
「私の命など大したものではありません。虹さんがもっと素晴らしくなれるのなら、たとえ百回死んでも構いません。」
「素晴らしいのはあなたの方です。あなたは、決して私のようには消えません。私ははかない存在です。私の命はせいぜい十分か十五分そこらです。時にはほんの三秒のこともあります。でも、あなたの美しさは決してなくなりません。」
「いえ、私だって美しくなくなります。秋風に吹き飛ばされ、冬になれば雪に覆われ枯れ草の中で腐り果ててしまいます。」
虹はめくらぶどうに微笑みました。
「この世でいつまでもそのままでいられるものなんてありませんよ。向こうの空をご覧なさい。
今はクジャク石のような青さですが、太陽が山の向こうに沈み始めれば、黄色になり、日が沈めば灰色になり、そして夜には、お空に星がちらちらまたたきます。その時、私はどこにまた姿を現すのでしょう。眼下の美しい山々も野原も、風雨に浸食されながら、少しづつ姿を変えています。」
「でも虹さんは明るい空に橋を架けることができます。その時は、すべての草、すべての花、すべての鳥はあなたを見上げます。」
「めくらぶどうさんも同じですよ。私を明るくしてくれるものはあなたも明るくします。私に向けられる褒め言葉は、あなたにも向けられます。」
「どうか私にご教示下さい!あなたが行くところどこでも私を連れて行って下さい。」
「私はどこにも行きませんよ。いつもあなたのそばにいますよ。私と一緒にいるものはいつも私についてきます。そして決して消えることはありません。じきに私は見えなくなります。太陽がもう遠くに行ってしまいました。鳥も東の方に飛び去ってしまいました。もうさよならです。」
駅の方から、ぴーっと汽笛の鋭い響きが聞こえてきました。
めくらぶどうは虹に向かって叫びました。
「虹さん、私を連れて行って下さい。一人にしないで下さい。」
虹はめくらぶどうに微笑んだようでしたが、もう、はっきり見えませんでした。
そして虹は、ついに完全に消えてしまいました。
モズがうるさく鳴くので、ヒバリも調子っぱずれの鳴き声をあげはじめました。(Kudos) 原作:宮沢賢治