ノミくすり

昔はくすりの行商人が、この国の村々、町々を旅してまわっていたものです。昭和の初めでも、背中に大きなくすり箱をかついだくすり売りが、家々を回っているのが見られました。
中には、とても話のうまい者もいて、道中での色々なおもしろい話を語っていました。
これは、そんな昔のくすり売りの一説です。

hatago ある日のことです。一人の男が、一日の商いを終えて、古めかしい宿に泊まることになりました。男は、村から村へ、町から町へ、くすりを売る行商人でした。その晩泊まることにした宿は、いかにも古めかしいうえに、みすぼらしく見えました。しかし、この辺りでは他の宿は見当たらず、そこに泊まるしかありませんでした。
男は、疲れていましたが、よく眠ることができませんでした。というのもノミに何回も喰われてしまったのです。男は、その小さい生き物を捕まえてつぶし、それからまた眠ろうとしました。しかし、しばらくすると、また痒くなります。体は赤い斑点だらけです。
予定では、三日後にもう一晩ここに泊まることになっています。しかし、ノミがいる布団で寝るのはもうご免です。考えただけでもぞっとします。
次の朝です。男は、捕まえた獲物を宿のおかみさんに見せて、こう言いました。
「おかみさん、蚤ですよ。一晩でこんなにつかまえました。」
おかみさんは、チラッと見ただけで、こう言いました。
「あら、あら。ノミじゃないですか。シラミに喰われると良くないそうですが、心配ありませんよ。たかがノミですから。」おかみさんは軽くあしらいました。
男は、秘密でも打ち明けるように、声を低くして言いました。
「これから言うことは初耳かもしれませんが、お金儲けする絶好の機会ですよ。国に戻れば、私の働いているくすり屋にノミを高値で売れるんですよ。」
peddler 「まさか。ノミがくすりになるってことですか。一体どんな病にノミが効くって言うんですか。」とおかみさんは真顔で尋ねました。
「ノミを乾燥して粉にして、薬草を混ぜて・・おっと、これ以上はダメです。誰にも話すわけにはいきません。とにかく本当ですよ。高値で売れますよ。いいですか。三日したらまた泊まりに参ります。ノミを捕まえる時間はたっぷりあると思います。お望みでしたら、ノミをくすり屋に高値で売ってきてあげますよ。」
三日が過ぎました。約束どおり、男は宿のおかみさんの前に現れました。長旅ゆえ、男は疲れているようでした。おかみさんは、黒ごまのようなものが入った袋を男に見せ、胸を張って言いました。
「見てください、このノミを。何匹いるか、とても数えられません。ノミがお金になるなんてうれしいですね。」
「いや、驚いた。まずは、ご飯を頂いて、眠らせてもらいますか。」と、男は口数少なくおかみさんに言うと部屋に消えて行きました。男の眠りを邪魔するものは何もありません。男は、ノミのいない布団でぐっすり眠ることができたのは言うまでもありません。
次の朝、男はおかみさんに会うと、笑顔でこう言いました。
「そうだ。大事なことを言うのを忘れていました。ノミを売るときは、ノミを数える必要があります。そこで串が沢山必要になります。数えやすいように、一本の串に、ノミ二十匹を刺しておいて下さい。近々、またここに戻って参ります。それまでに、串ざしのノミを用意しておいて下さい。では、また。」
男は、ご機嫌で宿を去っていきました。おかみさんにとって、これがその行商人の見納めでした。男は、二度と宿を訪れることはありませんでした。(2004.2.1)

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