女神からの手紙

red pond むかし、むかし、富士の山からさほど遠くない村に一人の若い農夫がおりました。若者は貧しく、読み書きもできませんでした。
春のある日、いつものように畑仕事をしながら、お伊勢参り(注)に出かけた連中のことを考えていました。若者もこの人達と一緒にお伊勢参りに行きたかったんですが、蓄えの余裕がまったくありませんでした。
畑からちょっと離れた所に、赤沼とみんなが呼んでいる古い沼がありました。若者は畑仕事を終えると、鎌で池の周りの草を刈り始めました。草が生い茂る頃になると、誰に言われなくても沼のまわりの草を刈るのでした。
すると目の前に美しい女の人が現われました。村でこんな美しい女の人を見かけたことがありませんでしたので最初びくっとしましたが、きれいなうえに優しく話しかけてくれたので、落ち着きを取り戻しました。
「お若い人よ、私はこの沼に住みついている女神です。いつも沼の周りの草を刈り取ってくれてありがとう。お返しに何かあなたが欲しいものを差し上げましょう。本当に欲しいものは何ですか。」
「実は、お金さえあったら、あの連中と一緒にお伊勢参りに行きたかったのですが・・・いや、そんな日が来るわけないよな。」
女神はほほえみを浮かべました。
「たやすいことです。お伊勢参りへの旅費を差し上げましょう。でも、ひとつ手を貸してほしいのです。この手紙を妹に手渡して下さい。」
「いいですよ。どこにいるんですか。」
「お伊勢参りの途中、富士の山の麓(ふもと)に青沼があります。そこに行って、手をたたけば、女の人が出てきます。私の妹、青沼の女神です。」
「お安いご用です。お任せ下さい。」
女神は若者にお金と手紙を渡しました。こうして若者は、伊勢神宮に向かったのです。
途中、青沼に立ち寄らなくてはなりません。富士の山の麓(ふもと)近くにやってくると、茶屋で働くおばさんに出会い、尋ねました。
「すみません。ちょっとお尋ねします。青沼にはどう行けばよいのでしょうか。」
「青沼ですか。知ってますよ。でも何だってあんなところへ行きたいなんて思うのですか。」と当惑げな顔で尋ねました。「青沼に行きたいなんていう人は誰もいませんよ。なにしろ鬱蒼(うっそう)とした樹海の中にあるんですから。それに何でも鬼が住みついているって聞きましたよ。」
若者は、何が何でもやらなければならないわけを話し、おばさんに女神の手紙を見せました。おばさんは手紙を読んで驚きました。
「何てこと!行ってはいけませんよ。危険です。」
「え?」
「殺されに行くようなものではありませんか。手紙は読まなかったの。」
「読み書きできないんです。」
おばさんは手紙を若者に読んであげました。

青沼 さま

この男は、毎年沼の周りの草を刈って、私が身を隠す場所をなくしてしまうのです。そうなる前に何とか・・・それにはこの男を喰うしかない・・・でもそれでは村人に怪しまれてしまいます。男にはあなたを訪ねてこの手紙を渡すように言っておきました。 あなたが好きなようにどうなりと男を料理してかまいません。よろしく。

                            赤沼 より

若者は驚きのあまり声も出ませんでした。
「びっくりしたでしょうね。でも心配はいりませんよ。私が手紙を書き直してあげましょう。」
当時、この若者だけでなく読み書きができる人はほとんどいませんでした。なんて運がいいんでしょう。若者はそんな人に出会えたのです。
おばさんはこんなふうに書き換えました。

青沼 さま

この人は、毎年池の周りの草を刈ってくれます。そこでご褒美をやろうと思っています。

何かいいものを渡してもらえたらと思います。そうしていただけるなら、黄金を産む馬が一番かと思います。

                             赤沼 より

blue pond おばさんに感謝しつつ、若者は青沼にやって来ると、かしわ手を打ちました。まもなく女神が出てきました。そして手紙を渡しました。女神は、手紙を読んで、ちょっと首を傾(かし)げましたが、しばらくしてこう言いました。
「姉が手紙の中で頼んでいることがわかりました。一緒に沼に入りましょう。」
若者には女神が言っている意味がのみ込めませんでした。女神は、若者の困惑した顔を見て、同じことを繰り返し、更にこう付け加えました。
「両手を私の肩の上に置いて、『いいですよ。』と言うまで目を閉じていなさい。」
若者は、女神の肩に両手を置くと、しばし目を閉じました。そして、『いいですよ。』と言う声を聞きました。目を開けると、金屏風で囲まれた豪華な部屋の中にいました。
「ここは沼の底だな。夢のような所だな!」
若者は、食べたり、飲んだり、踊ったり、歌ったり、楽しい日々をそこで過ごしました。でもお伊勢参りのことがふと頭をよぎりました。若者は、そろそろお暇(いとま)しなくては、と思い、「地上へ返して下さい、」と女神に頼みました。
女神も同意して、馬を与えてくれました。
「この馬は、赤沼の姉からのご褒美です。干し草の代わりに米を茶碗で一杯やると、毎朝黄金の玉を手にいれることが出来るのです。」
若者は喜んで馬にまたがると、女神においとまの挨拶をしました。行き先は勿論伊勢神宮です。
驚くなかれ、そのことを思っただけで、若者はあっと言う間に伊勢神宮の鳥居の前にいました。 参拝を終えて、家に帰りたいと思うと、もう自分の家の前にいました。
家の土間で馬を飼い、茶碗で一杯の米をやると、青沼の女神が話したように、毎朝黄金の玉が手に入りました。まもなく、若者は裕福になりました。
さて、昔ばなしによくあるように、隣に欲張りじいさんが住んでいました。じいさんは小さな穴から若者の家をのぞき込んで、不思議な馬を見つけました。欲張りじいさんは、こう思いました。
「わしがあの男なら、もっと米を喰わせて、もっと黄金の玉を手に入れるぞ。」
じいさんは、若者が家を留守にする日を待っていました。ある日、ついにそんな機会がやって来ました。こっそりと家に忍び込むと、馬にたらふく米をやりました。
「さあ食べろ、黄金の玉を出せ。」黄金の玉一個では満足できず、さらに米を喰わせて、声を大にして何度も何度も。黄金の玉が出てくればくる程、じいさんはますます欲が出てきます。声を大にして、
「食べろ、もっと食べろ!」
「ヒヒーン!」
馬は、一声高くいななき、じいさんを蹴殺し(けころし)、家を出ると、二度と村に戻ってきませんでした。

(注)三重県、伊勢神宮は皇室の祖神である天照大神(あまてらすおおみかみ)と豊受大神(とようけのおおかみ)が祀られている。遠い昔、特に江戸時代、お伊勢参りは庶民の一生の願いであった。慎ましい生活をして、お参りのお金を貯めた。(Kudos)

The letter from the Goddess