松のお伊勢参り

伊勢神宮:内宮入口
ise shrine 日本でとても有名な神社の一つは、三重県の伊勢市にある伊勢神社とのことです。そこにお参りし、幸せを願うことが昔からの慣わしでした。中でも、江戸時代には沢山の人々がそこにお参りしました。これは、その伊勢神社にまつわるお話の一つです。
むかし、むかし若い夫婦が秋田の村から、はるばる伊勢神宮にお参りに来ました。男は松吉、女は松と言いました。二人はとても似合いの夫婦で、正直者に見えました。お伊勢参りのお金をため、長年の夢がついにかなったのです。
旅の帰り、女は、とても疲れて外で夜の過ごすのはつらい、と男にもらしました。宿に泊まるお金もない二人は、通りすがりの宿の表戸をたたきました。
男は宿屋の主人に、ぬさ(伊勢神宮にて参拝者がもらう神聖な布)と巾着(お金入れ)を見せ、こう言いました。
「私どもは伊勢参りの帰りです。ぬさも頂いてまいりました。伊勢参りにと、お金を貯めてまいりましたが、長旅ゆえお金は全部使ってしまいました。あいにく今は一文も持っておりませんが、妻が、ひどく疲れて、今夜は外で夜を過ごすのはつらい、と申しております。お願いです。とんでもないお願いであることは重々承知しておりますが、どうか、どこでも結構です、一晩の宿をお与えいただけないでしょうか。」
主人は、二人をしばらく見て、こう言いました。
「伊勢参りに来られた人に悪い人はおらん。また、来年も来るであろうな。よかろう、宿代はその時でよかろう。」
さて、その夫婦が伊勢神宮をお参りしたほぼ一年後のこと、数人の旅人がその宿屋に泊まりました。主人は、宿帳の名前を見て、旅人たちが、あの若夫婦と同じ村から来ていることに気づきました。ざっと見まわしたが、なじみの顔はなく、村人に尋ねました。
「この中に、松吉と松というものはおらんかな。みなさんと同じ村だと思うのですが。一年前、ここに泊まったのですが、一文なしで、一年後のお参りのとき払うという約束で宿を取らせてやりましたが。」
村人たちは、心当たりがないという表情でお互いの顔を見合わせましたが、二人を知っているものは誰もおりませんでした。
「二人とも人をだますような人には見えませんでしたな。それに奥さんのほうはどこか体の具合が悪いように見えましたな。そこで宿代は来年で結構ですよ、と言っておきました。」と主人は付け加えました。
伊勢参りを済ませた村人たちが村へ帰ると、その話はさっそく村中に知れ渡りました。
松吉と松の名を知るものは一人もいませんでしたが、ふと一人の村人が、手を叩き、こんなことを言いました。
shrine 「その二人なら、きっとあの松の木じゃ。諏訪神社(伊勢神宮の支社)の境内の松のことが気になっていたんじゃが。木のてっぺんに布があるのに気づかなかったか。」
「うん、確かに、俺も見た。風の仕業で、どっかからか飛ばされて、あの木に引っかかったにちげえねえ。」と別の村人が言いました。
「よく調べてみねえか。」と最初の男。「おめえ、お伊勢参りに行ってぬさをもらったよな。あの木の二枚の布もぬさにちげえねえ。信じられねえが、あの松の木がお伊勢参りしたにちげえね。」
すると、一人の女がこう言いました。
「ちょっと待って。思い出したわ。去年の秋、あの木の葉がだんだんと茶色になってきて、このままだと枯れちゃうと思ったことがあったわ。でも、一ヶ月後、また元の緑に戻ったの。」
村人たちはこの不思議な話にとても心を打たれ、その松の霊が人間に姿を変え、村人の幸せを願ってお伊勢参りをしたことを疑うものは誰もいませんでした。村人は松の下に集まると、その御神木に手を合わせました。
村人たちは、宿屋の主人が言った宿代を集めると、さっそく送りました。
その田舎の村を訪れることがあったら、今でも諏訪神社の境内に並んだ二本の大きな松の木を目にすることでしょう。その木はあなたが来るのを待っ(松)ていることでしょう。(2004.1.1)
The Pine trees Visit Ise Shrine