
水の漏れる桶
むかし、むかし、ある山国に、長者さんが見事な庭のある豪華なお屋敷に住んでいました。長者さんの所には下女や下男が何人もおりました。その中には厨房の水汲み担当の若者もいました。 朝早くから夕方まで屋敷近くの川に下りては、桶に水を汲んで、天秤棒で担いで屋敷に戻るのです。二つの桶を天秤棒で担ぐ技は実に見事なものでした。
ある日の帰り道、若者は一つの桶から水が漏れているのに気づきました。まもなくため息が聞こえてきました。
「誰だ。」振り向きましたが、誰もいません。
すると、今度ははっきりと声が聞こえました。
「困ったな、どうすればいいんだ。」
「一体誰なんだ。」
「ごめんなさい。」聞きなれない声でした。
驚いたことに声の主は桶でした。
「一体どうしたというんだ。」
「すみません。水漏れです。もう僕には力がなくて、水を入れてもらったままにしておけないんです。あちらの兄を見てください。水を満々と湛えて(たたえて)、誇らしげです。それなのに僕は役立たず。情けないです。」
「くよくよすることないよ。」若者は励ましました。「君たち兄弟のおかげで僕は水が運べるんだ。君が思っている以上に助かってるよ。」
それからひと月あまり後のことです。若者は川へ行く途中足を止めて、水漏れ桶に言いました。
「君の足下(あしもと)を見てごらん。何か変わってないかい。」
「そうですね。くさむらに花が咲いています。それから花の上に蝶々が飛んでいます。」
「そうだよ。帰り道では、君はいつも水漏れしっぱなしだ。だから僕はそれを利用して、山道に種を蒔いたんだ。去年の秋、屋敷の庭の花の種を採っておいたんだ。君が撒(ま)いてくれた水のおかげで地面に適度な湿り気ができた。草や花や蝶々を見てごらん。まさしく君が命を与えたんだよ。幸せそうで、楽しそうだね。確かに君は水漏れ桶かもしれないが、君と僕とでこのきれいな山道を創ったんだよ。君は素晴らしいよ。」
桶はあたりを見まわして言いました。
「わあー!すごい!こんな素晴らしい褒(ほ)め言葉は、はじめてです。」桶は朗らかに言いました。
「僕、自信が出てきました。ありがとうございます。」(Kudos)