心からの贈物

daughter 雪の降る寒い日のことでした。風呂敷包みを抱えたみすぼらしい着物の女の子が、たった一人で刑務所に続く道をとぼとぼと歩いていました。足跡はすぐに雪に埋もれてしまいます。
ようやく塀に囲まれた建物が見えてきました。女の子は、しばし歩みを止めると、中を見たいのでしょうか、高い塀をじっと見上げました。実は、中にいるお父さんのことを思っているのです。お父さんは、腕のいい大工さんでした。
ある日のこと、お父さんは、酒を飲みすぎた勢いで人と喧嘩になり、誤ってその人を殺してしまったのです。お母さんと娘にとっては、まさに晴天のへきれきでした。二人のそれまでの暮らしはすっかり変わってしまいました。お父さん、お母さんと過ごした楽しい日々は二度と戻ってこないのです。
女の子は、涙をぬぐうと、刑務所の入り口の方に再び歩き始めました。
女の子は、入口に詰めている守衛にたずねました。
「あの、お願いがあります。お父さんに会えないでしょうか。お父さんはこの刑務所に入っています。」
「ごめんな。娘さん。もう少し早く来るとよかったな。今日は大晦日ということは知ってるね。面会時間がいつもよりちょっと早かったんだ。それから正月休みに入るから、三が日が過ぎたらまたお出で。」守衛の声はとても冷たく聞こえました。
「あの、この包みをお父さんに渡したいのです。時間はかかりません。どうか、お願いです。」
女の子は、涙声でお願いしました。丁度その時、守衛長が通りかかりました。
「こんな時間にここで何をしているのかな。早く家に帰って、家の人と温かい物でも食べなさい。」守衛長はやさしく声をかけると、女の子の必死のまなざしとみすぼらしい着物に目をやりました。
「ご心配ありがとうございます。お父さんがここに入っています。お父さんに会ってこの包みを渡したいのです。中に入れてもらえないのなら、代わりに渡して頂けないでしょうか。」
女の子は、包みの上の雪を払うと、守衛長に差し出しました。守衛長は、女の子を気の毒に思い、こう言いました。
「規則というものがある。例外は許されない。だが、うーん、よかろう。私が代わりに渡してあげよう。約束するよ。さあ暗くなってきたから、泣くのを止めて家に帰りなさい。娘さん。」
女の子のお父さんは、独居房に入っていました。規則を守らず、いつも看守ともめごとを起こしていたからです。ますます心はすさんで、振る舞いも手におえなくなっていました。そんな罪人も、包みを受け取ると、何か温かみを感じました。風呂敷をとくと、中に一通の手紙と箱がありました。
お父さんへ
お知らせがあります。お母さんがとうとう家を出て行ってしまいました。みんなに陰口を叩かれ、除け者にされて、お母さんも辛かったと思います。お母さんは、どこか知らない所に行って新しい生活を始めるから、一緒にお出でと言いました。でも、お父さんが帰ってくるのを待っていると言い張りました。一人ぼっちです。でも泣きません。早く帰って来てください。
今日は大晦日です。お父さんに何か買ってあげようと思いました。でもお金がありません。お父さんに、贈り物としてあげられる物はこれだけです。
牢屋は寒いでしょう。風邪を引かないよう気をつけて下さい。
                心をこめて
                   娘より

carpenter 父は、箱を急いで開けて見ました。中に、髪の毛が一束入っていました。娘は髪の毛が自慢でした。きれいな髪の毛を切るのは何と辛い事だったか、父にも想像できました。事実、娘は、父を元気づけたい一心で切ったのです。父は箱から髪を取り出すと、匂いをかぎ、そして涙にぬれた頬にあてました。
父に対する娘の愛が、父親のゆがんだ心を溶かしたようでした。父親は、徐々に態度を変えていきました。まもなく周りの誰もがその変化に気がつきました。最初は、驚きだけでしたが、それからは、まったくの別人のように扱い始めました。かつては牢屋で手におえない男でしたが、それからは素直になりました。いつか模範囚の一人として知られるようになりました。
数年が経ち、父親は刑期を終え、娘がひたすら待つ所に戻りました。前科者の父に世間の風は冷たく当たりました。でも父は負けませんでした。一生懸命働き、二度と酒におぼれないと心に決めました。娘との新しい生活が始まったばかりです。

「むかし、むかし、ある町のはずれに一人の女の子が、お父さん、お母さんと一緒に暮らしていました。」
一人の老婆が、孫娘に話しています。老婆は、人を殺し、囚人となった父親の思い出を、小さな女の子に語ろうとしているのです。父は、刑期を終えた後、大工として一生懸命働き、ついには「大工の棟梁」と呼ばれるようになりました。(kudo with I)

A Hearty Present