
浅茅が宿
むかし、むかし、ある町の小さな呉服屋で働く商人(あきんど)がおりました。商人にはいつの日か京の都に行って成功したいという夢がありました。
ある日のこと、懇意にしている友が、一緒に京に行って大きな呉服屋で働かないかとさそいました。商人は夢の実現のため友と一緒に京に行くことにしました。
商人には、身籠もった若い妻がおりました。
「お前、お前と離れるとは辛いが、しばし京に行って成功してこようと思う。それまで家を守って、赤子の世話をしてくれ。」
「あなたといつも一緒にいたいわ。でも子がお腹にいて、一緒には行けないわ。無事なお帰りを待っています。三年後桜の花が咲くときには帰ってきて下さい。」と妻は、泣き泣き言いました。
別れ際、夫は妻に愛用の笛を託しました。愛しい妻からは神社のお守りを受け取りました。
京で、二人は美しい婦人に出会いました。若者はその魅惑的な美しさの虜となり、しばし動けませんでした。我に返り、若者は友とともに呉服屋に急ぎました。
道中、二人は奇妙な僧に出会い、こう言われました。
「若い衆、知らない人を信用するでなかれ。」
二人は呉服屋の主人に会い、働く許しを得ました。
ある雨の日のことです。若者は通りで雨に濡れたあの美しい婦人を目にしました。若者は婦人のもとに走り寄ると傘を渡しました。
「おねえさん。傘が無くては風邪を引いてしまいますよ。この傘を使って下さい。」
「ありがとう。明日、私の家に来て。お礼するわ。」と言って、家を教えました。
仕事が終わった次の晩、若者は婦人の家を訪れ、ごちそうや酒をいただき、充分なもてなしですばらしい一時を過ごしました。家を出る際に、若者はおみやげにまばゆい金の刀をもらいました。
帰り道、若者は再びあの奇妙な僧に出会い、声をかけられました。
「若い衆、奥さんが渡したお守りを無くすなかれ。」
ある日、お店の主人が、若者がまばゆい金の刀をもっていることが耳に入りました。
「お前の刀を見せてみなさい。」主は、それを見て言いました。
「何と、これは一月前に盗まれたわしの刀の一つだ。どうしてお前が持っている。まさか盗んだのではなかろうな。」
「とんでもございません。美しいご婦人にいただきました。盗むなどとんでもない。」若者は必死に説明しました。
「信じて下さい。あの家に行って、あの人に会えば、言ってくることが嘘ではないことがわかります。」
主人と若者はその家に駆けつけると、許可無く入り込みました。
部屋には、沢山の刀の中に、あの婦人が座っていました。
「おねえさん。どうしてこの部屋にはこんなに刀があるんですか。私の刀も盗みましたね。捕らえますよ。」と主人は婦人に話しました。
その時、女は恐ろしい蛇に身を変え、主人を襲うと殺してしまいました。それを見ていた若者は気を失ってしまいました。
気がつくと、若者は野原の中、あの僧の傍らに横たわっていました。
「お前の持っていたお守りのおかげで魔力から命拾いしたのじゃ。望みすぎるなかれ。遠くを見るなかれ。ここに幸なかれ。」
これを聞き、若者は友と故郷に帰ることにしました。妻と子供が待っているはずです。しかし七年の歳月が経っていました。
故郷への帰り道、二人はみすぼらしい侍に出会い、金を要求されました。断ると、侍は突如刀で友を斬り殺してしまいました。若者は必死で逃げ、一人故郷に戻りました。
しばし躊躇い、そして古い家の戸を叩きました。妻が戸を開け七年ぶりの再会でした。自分の愚かさを詫び、京で買った着物を渡し、その夜を共に過ごしました。
翌朝、目を覚ますと桜の木の下のお墓の近くで寝ていました。木の枝には昨夜渡した着物が掛けられていました。
それを見て夫は全てを悟りました。妻はもうこの世にはいないのです。若者の母親が亡き妻によく似た七歳の女子(おなご)を連れて近づいて来ました。若者は母と我が子を抱きしめました。遠くから笛の音が聞こえてきました。(kudos)