
かしこくない兄とずるかしこい弟
むかし、むかし、お調子ものの兄弟が隣同士で住んでいました。かしこくないのとずるがしこい兄弟でした。かしこくない方は兄で、お金があり、立派な家に住んでいました。ずるかしこい方は弟で、お金がなく粗末な家に住んでいました。
ある日のことです。弟は、痩せこけたよぼよぼの馬が気に入り、たったの五文(文とは日本の古い貨幣の単位です)で手に入れました。それしか手元になかったのです。さらに、帰り道、道端(みちばた)で銀貨を見つけました。それを拾うと、馬に目をやりました。年老いて、とても乗ったり、仕事に使ったりできる馬ではありませんでしたが、ふと妙案が脳裏にひらめきました。兄を騙して儲けられるかもしれないと。さて、ことの顛末(てんまつ)はこんなふうです。
(弟は興奮気味。銀貨を馬の糞の中に前もって忍ばせる。兄を訪れ、こう言う。)
「(弟)あのさ。昨日馬を買ったんだ。兄貴んちの馬のようないい馬じゃないが、実は素晴らしい馬だったんだ。」
「(兄)素晴らしい馬というと?詳しく話してみろ。」
「(弟)まあ、信じてくれないだろうな。今朝、馬の糞の中に銀貨を見つけたんだ。」
「(兄)銀貨が糞の中?まさか。うそだろう。」
「(弟)そう言うと思ってたよ。だから黙っていようと思ったんだ。じゃあね。」
「(兄)ちょ、ちょっと待て。馬を見に行って、うそか本当か確かめてみる。」
(弟の馬屋。兄は銀貨が馬の糞の中にきらめいているのを見る。騙されているのに気づかない。愚かにも弟の言葉を信じる。だんだんと何が何でもその馬が欲しくなる。)
「(兄)すごい馬を手に入れたものだな。ウーン。どうだ、俺に売らないか。」
「(弟)冗談じゃないよ。この馬は今や俺の宝ものだよ。手放す気にはなれないよ。」
「(兄)それはわかっているが、もし売ってくれるなら、百文出そう。どうだ。」
「(弟)たった百文かい。だめだな。」
「(兄)じゃ二百文。」
「(弟)二百文か。だめだな、売れないな。いくら出したって売れないよ。」
「(兄)ウー、じゃ三百文ではどうだ。痩せ馬に三百文払うよ。」
「(弟)いや、だめだな。どれほど価値あるものかまだわかってないな。」
「(兄)よかろう、いいだろう。四百文出そう。いやとは言えまい。」
「(弟)だめだよ、値段はつけられないよ。」
「(兄)ちぇ、欲張り、じゃ五百文でどうだ。それ以上は無理だ。」
「(弟)そうまでして欲しいと言うなら、清水の舞台から飛び降りたつもりで売ることにするか。」
(弟は大金を得てご満悦。兄も「凄い馬」を手に入れ、満足。さっそく馬小屋に連れて行き、飼い葉を与える。)
「(兄)さあ、さあ食べろ。いっぱい銀貨を出してくれよ。」
(馬が糞をするのを今か今かと待つ兄。馬が糞を落とすと、喜びの声。糞を調べて銀貨を探す。でも見つからない。もう一度。やけくそに糞をかき回す。結局一枚の銀貨もなし。腹を立て弟の所へ駆け込む。弟は、何のことかわからぬと言ったふうに冷静を装い夕食中。かたわらに熱々のご飯の入った鉄釜。)
「(兄)あんな馬を売りよって、よくも騙したな。」
「(弟)落ち着いてくれよ。何を怒っているんだい。騙したって、何のことだい。」
「(兄)あの馬は銀貨を出す、って言ったよな。この嘘つき。銀貨なんていくら糞の中を探しても見つからないぞ。」
「(弟)ああ、あの馬のことか。あとニ、三日すれば、大丈夫だよ。ところで、この鉄釜だけど、普通に見えるだろ。ところが実は、摩訶不思議な釜なんだ。」
「(兄)また騙そうって言う魂胆か。こんどはお前の作り話には騙されないぞ。誰が見たって普通の釜だ。騙されないぞ。」
「(弟)そう言うと思っていたよ。魔法の釜なんだ。何もしなくてもご飯が炊けるんだ。米を計って、洗って、炊かなくてもいいんだ。座って待っていれば、熱々のご飯が炊けるんだ。ねえ、座って魔法釜のご飯を食べていかないかい。」
(愚かな兄はご飯をいただく。また騙されていることに気づかない。魔法釜が欲しいという思いが強くなる。馬のことは頭から消える。でもまだ用心している。)
「(兄)本当に、何もしなくても飯が炊けるのか。」
「(弟)まだ疑っているのかい。いま、釜のご飯を食べただろう。ご飯じゃなかったなんて言わないだろう。」
「(兄)ウーン、ちょっと聞いただけだ。確かに、とてもおいしく炊けたご飯だった。どうだ、魔法釜を売ってくれないか。」
「(弟)だめだよ。宝ものだよ。誰にも売れないよ。」
「(兄)百文出すから、どうだ。」
「(弟)たったの百文かい。だめだな。」
「(兄)じゃ、二百文。」
「(弟)二百文。だめだな、売れないな。いくら出してくれたって売れないよ。」
「(兄)ウー、じゃ三百文。古い鉄釜に三百文出すよ。」
「(弟)いや、だめだな。どれほど価値あるものかまだわかってないな。」
「(兄)よかろう、いいだろう。四百文出すよ。いやとは言えまい。」
「(弟)だめだよ、値段はつけられないよ。」
「(兄)ちぇ、欲張り、じゃ五百文でどうだ。それ以上は無理だ。」
「(弟)そんなに欲しいなら、清水の舞台から飛び降りたつもりで売ることにするか。」
(弟は大金を得てご満悦。兄も「魔法の釜」を手に入れ、満足。さっそく家に持ち帰り数分待つ。更に数時間待つ。何も起こらない。辛抱強く一日待つ。ついにまたもや騙されたと気づく。怒り心頭に発し、弟の家に怒鳴り(どなり)込む。)
「(兄)この嘘つき。もう勘弁ならん。よくもあんな釜を売ったな。魔法の力なんてないじゃないか。」
(弟は答えず、手を合わせて、壁に掛かった瓢箪に何か祈っている。手を上下させ部屋の中を歩き回っている。)
「(兄)おい、何をしている。」
「(弟)ああ兄貴か。女房が病気なんだ。」
「(兄)それは気の毒だな。ひどいのか。」
「(弟)命に別状はないが重病なんだ。この魔法の瓢箪に女房が治るように祈っているんだ。」
(丁度その時。妻が桶に野菜を仰山入れて戻ってくる。弟は歓喜の声をあげる。)
「(弟)ありがたや、神さま。ありがたや、瓢箪さま。女房は助かりました。何時間も瓢箪にお願いした甲斐あって祈りが通じたんだ。何でも願いをこめて祈ると、この瓢箪はその願いを叶えてくれるんだ。」
(愚かな兄はまたしても騙されているのに気がつかない。魔法の瓢箪が欲しいという思いがだんだんと強くなる。馬と釜のことは頭から消える。でもまだ用心している。)
「(兄)本当に女房は病気だったのか。瓢箪に祈って治ったのか。」
「(弟)疑うのかい。今、女房が野菜を持って戻って来たのを見たろ。」
「(兄)ウーン、ちょっと聞いただけだよ。確かに、元気そうだ。どうだろう、その瓢箪を売ってくれないか。」
「(弟)だめだよ。宝ものだよ。誰にも売れないよ。」
「(兄)百文出すから、どうだ。」
「(弟)たったの百文かい。だめだな。」
「(兄)じゃ、二百文。」
「(弟)二百文。だめだな、売れないよ。いくら出したって売れないよ。」
「(兄)ウー、じゃ三百文。汚い瓢箪に三百文出すよ。」
「(弟)いや、だめだな。どれほど価値あるものかわかってないな。」
「(兄)よかろう、いいだろう。四百文出すよ。いやとは言えまい。」
「(弟)だめだよ、値段はつけられないよ。」
「(兄)ちぇ、欲張り、じゃ五百文でどうだ。それ以上は無理だ。」
「(弟)そんなに欲しいなら、清水の舞台から飛び降りたつもりで売ることにするか。」
(弟は大金を得てご満悦。兄も「魔法の瓢箪」を手に入れ、満足。さっそく家に持ち帰り、試してみたくなる。辺りを見回す。欲しいものは特になし。みんな健康で、病人、怪我人はいない。ふと妻が微笑んでいるのに気づく。突然手元にあった太い棒を掴むと、妻の背中を叩き始める。妻は泣き叫ぶ。)
「(兄の妻)止めて、止めてよ。何するのよ。何をしたって言うのよ。気に障ることでもしたって言うの。」
「(兄)すまん。怪我をさせるつもりは毛頭ない。ただ、この瓢箪の力を試してみたいんだ。我慢してくれ、背中の痛みもすぐ取れるから。」
(兄は弟がしたように瓢箪に祈りながら部屋を踊りまわる。しかし妻の背中はずきずきと痛む。妻は泣き止まぬ。またしても騙されたと気づく兄。怒り心頭に発し、地団駄(じだんだ)を踏み、弟の嘘の責任を問いに隣の家に怒鳴り込む。)
「(兄)この嘘つき。今度という今度は勘弁しないぞ。よくも売りつけやがって、あんな…」
(家の中は蛻(もぬけ)の殻。われた茶碗が転がっているだけ。)(kudo)