お倩(せい)のはなし

むかし、むかし、ある小さな村に目鼻立ちの整った男の子と、お倩という名の可愛いい女の子がいました。幼ななじみの二人は何時の間にかお互いを好ましく思っていました。
ある日、男の子は真剣な眼差(まなざ)しで女の子に言いました。
「大きくなったら、結婚しよう。」
「私、きっとあなたのお嫁さんになる。」女の子は誓いました。
女の子は美しい娘に成長しました。金持ちの息子がお倩との結婚を望んでいました。お倩の両親は喜んで、その縁談を娘に話しました。将来はお倩と共に過ごすと誓った若者は、その話を耳にすると、ひどく心を痛め、ひそかに村を去る決心をしました。
ある日の真夜中、若者は川辺の舟のもやいを解(ほど)き、舟を漕ぎ出すと、聞き覚えのある声がしました。
「待って!私もお供します。」
思いがけずお倩が姿をあらわし、舟に飛び乗りました。若者はしっかりとお倩を胸に抱きしめました。数日後、二人は下流の町に着きました。
お倩は二人の子宝にも恵まれ、夫と仲睦まじく六年間を過ごしました。しかし、いつも両親のことが気懸りでした。お倩はとうとう夫に頼みました。
「あなたと一緒になれてとても幸せです。でも、いつも両親のことが気懸りで、頭から離れません。そろそろ私たちの結婚を認めてもらえるのではないでしょうか。」
夫は妻の願いを快く受け入れました。
「実は、私もそう思っていたところだ。会いに行こう。」
数日後、夫婦は二人の子どもを連れて昔住んでいた村に向かいました。
最初にお倩の両親の家を訪れました。六年ぶりに母親に出会って、「お母さん!」と叫ぶと、お倩の目に涙が溢れました。
「お母さん、どんなに会いたかったことか!」
しかし、母親の反応は意外でした。
musume 「どちら様ですか。」母親は不審げに尋ねました。
「私です。お母さん。あなたの娘じゃありませんか。お詫びをしなければと思い、戻ってきました。六年前、この人と暮らそうと、お許しを請わずに家を出たのです。」
母親は、戸惑いの表情で、言いました。
「どういうことでしょう。娘はこの家で六年間患って臥(ふ)せっています。」
「もっとよく見て下さい。私があなたの娘です。この通り、ずっと元気にしていました。子供も二人います。あなたの孫です。からかうようなことは言わないで下さい。」
二人はしばらく見つめ合っていましたが、やがて母親は、お倩とその夫に、ついて来なさい、と言いました。そして奥の部屋に連れて行きました。驚くなかれ、そこには痩せて、青白い顔のお倩自身が、布団に横になっていました。
母親はお倩に言いました。
「六年前のある日の真夜中、娘は突然病に倒れ、口がきけなくなってしまいました。それ以来寝たきりです。『不治の病』だとお医者さんは言います。あなたは娘によく似ていますが、何か不可解な気がします。」
お倩は病人に顔を近づけました。すると、二人の娘が一人の---美しい健康な娘になりました。娘は母親に言いました。
「あの晩夢を見ました。愛する人と舟で村を出ました。そして下流の町に着きました。でも、どちらが本当の私なのでしょう。家を出た私と、患ってここに臥していた私と。」(kudos)

原作:小泉八雲(1850-1904)「異国情緒と回顧−倩女(せいじょ)のはなし」


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