まさか

むかし、むかし、それはそれは、はなし好きのお殿さまがいました。お殿さまにはなしを聞いてもらおうと、それはそれは、沢山の人がお城へ出向きました。みんな、はなしを聞いてもらうのを楽しみにしていましたが、いつもお殿さまは,途中ではなしを止めてしまいました。お殿さまの決まり文句はいつも「まさか」でした。これが出ると、もうはなしを続けることはできませんでした。今や一人としてお城を訪れる人もなく、はなし好きのお殿さまもさすがに寂しくなりました。そこでお城の前にお触れを出しました。
『おもしろいはなしで我に「まさか」といわせた者には褒美として大判1枚を取らせよう。殿より』
お触れを見た者はわくわくしました。はなしなど一度もしたことのない者も奇抜で途方もないはなしをひねり出しました。ある者は、
『ほらを吹く気はないが俺のはなしは一番だ。お殿さまはきっと「まさか」というに違いない。』と言いました。
またあるものは、
『俺こそ一番だ。俺のはなしこそ今までの中で最高におもしろい。』と自慢しました。
goinkyo みんな、飛び切りの話をお殿さまに披露しようとお城に出かけて行きました。今回は、お殿さまがあの決まり文句を言わないのでみんな、はなしを最後まで話すことができました。お殿さまは、何回も「まさか」と口の先まで出かかりましたが、心して思いとどまりました。
はなしを終えた人たちはいささか物足りません。実際、褒美の大判がもらえずがっかりです。手ぶらで家路につくと、お城は遠い存在に思え始めました。さて、本当におもしろいはなしを聞きたいお殿さまの方もがっかりでした。そこで再びお触れを出しました。
『おもしろいはなしで我に「まさか」といわせた者には褒美として大判2枚を取らせよう。殿より』
ある日のこと、お触れを読んだ一人の老人が、さっそくお城のお殿さまを訪れました。お殿さまの部屋に通されると、
『わたすのはなしは大そうおもしろいので、まさかと思うことでしょうが、心して聞いてください。』とさっそくお殿さまに言いました。そして大きく息を吸うと、語り始めました。
『これはたいそう狩りの好きなお殿様のお話です。』
このお殿さまも大そう狩りが好きで、身を乗り出しました。おじいさんは続けます。
『ある日のことです。お殿様は家来と一緒に狩に出かけました。するとお殿様の一行の上を、トンビがぐるりと輪をかいたかと思うと、うんちを落としました。うんちは、お殿様のはかまの上に落ちてしまいました。』
真剣に話を聞いていたお殿さまは危うく決まり文句を言いそうになりましたが、あわてて口を手で覆いました。おじいさんは、お殿さまをチラッと見ると話を続けました。
『お殿様の脇に控えている家来が言いました。』
「けしからん。お許し願えれば、せっしゃが弓で射落とします。」
お殿様は、苦笑いして家来に言いました。
「いやいやその必要はない。大したことではない。はかまを着替えればすむことじゃ。」
はかまを着替えると、お殿様の一行は、何事もなかったかのように道を進んでいきました。
しばらくするとまたトンビが飛んできて、頭上をぐるりと輪をかきました。お殿様はいやな予感がしました。案の定、うんちが落ちてきました。うんちはお殿様の着物の上に落ちてしまいました。」
「まさか」とお殿さまは思いましたが、黙っていました。あの決まり文句を言ってしまうのを避けようと手でしっかりと口を押さえていました。おじいさんはお殿さまをチラッと見ると話を続けました。
「けしからん。お許し願えれば、せっしゃが弓で射落とします。」と脇にいた家来が言いました。お殿様は、苦々しく笑って家来に言いました。
「いやいやその必要はない。大したことではない。きものを着替えればすむことじゃ。」
きものを着替えると、お殿様の一行は、再び何事もなかったかのように道を進んでいきました。
しばらくするとまたトンビが飛んできて、頭上をぐるりと輪をかきました。お殿様は再び不吉な予感がしました。案の定、うんちが落ちてきました。うんちはあろうことか、お殿様の頭の上に落ちてしまいました。」
お殿さまは顔色を変えると口をさらにしっかり手で覆いました。
oban おじいさんはお殿さまがうなり声をあげるのに気がつきました。でも、「まさか」は出ませんでしたので、話を続けました。
「けしからん。お許し願えれば、せっしゃが弓で射落とします。」と脇にいた家来が大きな声で叫びました。お殿様はいやな顔をしましたが、静かに言いました。
「殺す必要はないが、頭の上のきたないうんちがどうも気になる。あたまを換えればすむことじゃ。」
そう言ったかと思うと、お殿様は刀を抜くと自分で頭を切り落としてしまいました。そして、家来が持ってきた新しい頭につけ換えました。
「何だと、まさか!」激怒したお殿さまは立ち上がると、おじいさんのえりくびをつかもうとしました。お殿さまは、話の中のお殿様が自分のことのように思えたのです。
おじいさんは大満足の様子で、言いました。
『ありがとうごぜいますだ。やっと聞けただ。大判二めいくだしゃれ。』(M.Kudo)


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