
羅生門
今は昔、京の都の南はずれに羅生門と言うとても大きな門がありました。大きな部屋が門の上部にあり、そこに通じる狭く朽ちかけた急な梯子(はしご)が門の側面についていました。しかし、そこに梯子があると気付く者はめったにいませんでしたし、気付いたとしてもあえて梯子を登ろうとする者はいませんでした。何となく陰気で、薄気味悪いものだったのです。
ある日のことです。田舎で食い詰めた男が、京の都に金目の物を盗みにやってきました。人々が行き交う朱雀大路と言う通りにたたずみ、様子を伺っていました。(すざくおおじは、京のみやこの中央を南北に走る大路)
「まだ、明るい。日が暮れるまでしばらくあるな。」
男は、そう思うと、身を隠す場所を探し始めました。門を通り過ぎようとした時、ふと梯子の上の方が目に入りました。あの梯子、どこにつながっているのか、男は興味を持ちました。気をつけて梯子を登り、戸を開けると、死臭が漂っており、真っ暗な闇(やみ)が広がっていました。暗闇の片隅に、ろうそくの明かりが見え、その明かりのそばに、女の死体が。それだけではない。まだ他にも死体が!その時、何か動く気配が。白髪の老婆が、女の死体の脇に座り込み、髪の束を片手に持ち、死体の長い黒髪を次から次へと引き抜いているではありませんか。男は肝をつぶしました。
「あの老婆は鬼か、幽霊か、はたまた・・・脅かして、正体をあばいてやろう。」
そっと戸を開け、刀を抜くと老婆めがけて駆け寄り、大声を上げました。
「何者だ。こんな所で何をしている。」
老婆はギョッとして男の足元に這いつくばりました。
「この方は、わたしが仕えていた人です。昨日亡くなられましたが、誰も弔(とむら)いを出そうとしません。やむを得ず、ここに運びました。」
「髪の毛を引き抜いていたな、どうしてだ。」
「きれいな長い髪で、上等な鬘(かつら)になると思いました。売れば幾らかの足しになると思いまして。お許し下さい。命だけはお助け下さい。」老婆は命乞いをしました。
「それなら、その髪の毛とお前の主の着物をよこせ。そしたら助けてやろう。」
老婆は、震えながら、何とか死体から着物を剥ぎ取ると、盗人(ぬすっと)に渡しました。
盗人は冷ややかに言いました。
「お前のもだ。」
老婆は着物を脱ぎました。
「髪の毛もよこせ。ぐずぐずするな!」
盗人は略奪品を大きな袋に詰め込むと、言いました。
「じっとしていろ。さもないと命はないぞ。」
男は袋を肩に担ぐと、梯子を降り、人ごみの中に消えて行きました。
老婆は、暗い部屋に、襦袢(じゅばん)と腰巻姿で、何十もの死体の一つのように床にじっと横たわっていました。
「今昔物語」は平安時代後期の物語であります。全ての物語は、「今は昔、」で始まることからその名がつきました。物語は全部で千五十九話あり、「羅生門」はその一話です。(kudos)