改心した盗人(ぬすっと)

むかし、むかし、江戸のある町に一人の若者が住んでいました。ある日、若者は京都にいるむかしなじみに手紙を書きました。

拝啓

一瞥(いちべつ)以来、達者にお暮らしですか。私は今は、江戸で小さいながらも店を構え、呉服の商いで身を立てております。
二週間もすると、私はあるお店(たな)のお嬢さんと結婚することになっており、幸せ一杯というところです。
と言う訳で、例の「錠をこじ開ける仕掛け」は、もう要らないだろうと思います。でも、この仕掛けはとても役立ったので、一概に捨ててしまうのも惜しい気がします。江戸に出てきませんか?私のこの仕掛けをお譲りしましょう。
再会を楽しみにしています。

 敬具

                              

                               昔の友より

悪名高き盗人を追っていた岡っ引きがいました。その岡っ引きが、たまたま空き巣に入った男を取り押さえた時、男が持っていた例の手紙を手に入れました。手紙のお陰で、あの盗人の近況が分かりました。

ある日、若者は許嫁のもとを訪れました。町一番の呉服屋の父親は若者の訪問を喜んでいました。
父親は、もうすぐ娘婿になる人に新しい蔵を見せたかったのです。家族全員・・・妻、姉娘とその子供の男の子と女の子・・・が蔵の前に集まっていました。みんな、幸せな恋人二人を、にこやかに見ていました。父親は、蔵がどんなに頑丈であるか、特に鉄の扉について語りました。父親は、扉を少し開けて、こう言いました。
「一度錠を下(お)ろしたら、誰も外(はず)すことが出来ない。この町一番の防犯対策が施されているからな。」
そして扉をしっかり閉めました。
「助けて!」
中から叫び声が聞こえました。みんな、目と目を見合わせました。女の子が大声を上げました。
「お兄ちゃんが中に入っているの。」
「坊や!中にいるのね?閉じ込められたの?」母親、つまり、呉服屋の長女が、叫びました。
おそらく子供二人は、大人達が話をしている間(ま)にかくれんぼをしていたのでしょう。男の子が蔵にそーっと隠れたとたん、扉が閉まったのです。
「心配はいらん。鍵がある。」
父親は着物の袖の中の鍵を探しましたが、ありませんでした。顔から血の気が引きました。
「鍵がなければ開かない。」
みんなが蔵の前に出ている時、岡っ引きが店に入って来ました。あたりを見回し、物静かに番頭に言いました。
「今日、この店に来ている若い男に話があるんだがね。」
kura 丁度その時、女性の悲鳴が聞こえました。
「坊やが閉じ込められたの!」
岡っ引きは、店を飛び出しました。
「鍵がなければ、開かない!」
中からかすかな子供の叫び声が聞こえました。
「助けて!助けて!!お母さん!」
「可哀そうに!」母親は叫びました。「早く開けて!でなければ壊して、お願い!息子を直ぐに出して!とても怯(おび)えているわ!」
「すまん、頑丈だから壊すこともできない。」
父親は、鍵を探しながら、ため息をつきました。
その時です。若者が扉の前に歩み出ると、錠を調べるかのように入念に触りました。着物の袖に手を入れて何かを取り出すと、それを使って錠をこじ開け始めました。誰もが固唾(かたず)を飲んで見守っています。ほんの数分ほどのことでしたが、みんなには長時間のことのように思えました。カチャッという音がして、錠がはずれました。人々は、安堵の胸をなでおろし、若者に温かい拍手を送りました。
「お母さん!」
男の子が蔵から飛び出してきました。母親は子供をしっかり抱きしめました。
若者は人々の中に見覚えのある顔を見かけました。すぐ誰だか気づくと、その岡っ引きの方へ歩(ほ)を進めました。
「旦那。とうとう見つかってしまった。お縄をちょうだい致します。」
ところが、その岡っ引きは、なにやら不可解(ふかかい)なことを口にします。
「誰なんだい、お前さんは。会った覚えもない。人違いではないかな。兎に角、結婚おめでとう!」
そう言うと、くるりと踵(きびす)を返して立ち去りました。(kudos)

原作:オー・ヘンリー「よみがえった改心」


The Reformed Thief