
三人の力持ち
むかし、むかし、ある山奥に力持ちの若者が両親と一緒に暮らしていました。若者が生まれたとき、国一番の力持ちになってもらいたいという両親の願いで、「力太郎」、略して「力」と呼ばれました。
力は背の高い力持ちに成長し、手伝いもたくさんして、親を助けました。でも一つだけ心配なことがありました。力は二十歳になるまで一言もしゃべらなかったのです。
ある日のことです。親の前に座った力が、突然話し始めたではありませんか。
「とうさん、かあさん。どうしても鉄棒がほしいんだ。鍛冶屋に太い鉄棒を頼んでくれないか。最低でも二百キロのものがいい。」
やっと息子が話した。両親の喜んだこと。そして、何と驚いたこと。
「かあさん。聞いたかい。やっと話したぞ。二百キロの鉄の棒が必要だと。一体何に使うつもりだろう。とにかくこれから鍛冶屋に頼みに行ってくるわ。」
一週間後、四人のがっちりした男達が、からだ中に汗をたらしながら、巨大な鉄棒を担いで家にやって来ました。何と、まあ、力は、その重い鉄棒をいとも軽々と持ち上げると、野球選手がバットを振るように振り回しました。
数日後、力は親の前に正座すると、こう言いました。
「私は、国中を旅したいと思います。行く先々、幾多の困難があるかもしれません。この経験こそ私の力を伸ばす機会と考えます。それに困っている人達を助けられるかもしれません。どうか旅立ちのご許可をお願いいたします。三年たったら、ここに戻ってお二人と一緒に暮らすつもりです。」
「とても寂しく思います。でも、自らを知るよい機会になることでしょう。」とお母さん。
力は、桃太郎のように、お母さんが握ったおむすびを携えて、自らの力を知り、自らの能力をためす旅に出ました。
山道を歩いていた時のことです。力の方へ大男が近づいてきました。その男は大きな岩を転がしながらやって来ました。
「あれ、男がやって来る。それもこの小道を大きな岩を転がしながら。何と迷惑な。道を歩く人のことを考えろ。待てよ。奴こそ、力をためすのにもってこいだ。」
力は立ち止まって、岩が来るのを待ちました。そして鉄棒で『岩』の真ん中を打ちました。雷が落ちたような音がして、岩はサッカーボールのように遠くに飛んでいきました。
「お前が俺の岩を打ったのか。名を名乗れ。」男は怒鳴り声を上げました。
「私の名前は力太郎。国一番の力持ちと親は申しておる。通称、力だ。」
「くだらん。おれこそ国一番の力持ちと言われている。名を聞いて驚くな。岩のように固い岩太郎だ。」
「お前がそう言うなら、そうかもしれない。どうだ、相撲をとってみないか。どちらが強いかわかるであろう。」と力。
「望むところだ。俺の強さを見せてやる。」
二人は、しばし取っ組み合いました。その時です。力は、相手の腰をつかむと持ち上げました。そして田んぼの中に投げ込みました。ズボッと落ちました。
まもなく岩太郎は起き上がり、心配そうに見ている力太郎のいる所に戻ってきました。
「お前こそ国一番の力持ちだ。俺は自分より強いものを求めていた。お前に仕えるのに何の差し障りもない。岩と呼んでくれ。」
「わかった。岩、ついて来い。」
力は、岩を従えて、誇らしげに歩いて行きました。しばらく行くと、今度は頭に大樽を担いだ男に出会いました。二人と同じくらい大きく強く見えました。
「奴こそ、力をためすのにもってこいだ。頭に大樽を担いで道を歩いている。何と迷惑な。道を歩く人のことを考えろ。」
力は、鉄の棒で大樽を打ちました。グシャ。樽はスイカのようにぐしゃぐしゃになりました。
「お前が俺の樽を壊したのか。名を名乗れ。」男は怒鳴り声を上げました。
「私の名前は力太郎。国一番の力持ちと親は申しておる。通称、力だ。」
「くだらん。おれこそ国一番の力持ちと言われている。名を聞いて驚くな。樽のように頑丈な樽太郎だ。」
「お前がそう言うなら、そうかもしれない。どうだ、相撲をとってみないか。どちらが強いかわかるであろう。」と力。
「望むところだ。俺の強さを見せてやる。」
「手始めにこの岩と戦って見ろ。」
「よかろう、さあ来い。」
二人の激突。両者、真っ赤になりました。接戦です。両者、譲りません。
「その辺でよかろう。お前と岩は互角だ。さあ私の番だ。」と力。
力は、すぐに樽太郎の首根っこを掴むと遠く離れた沼に投げ飛ばしました。ドボッ。
樽太郎は沼の淵に落ちました。何とか、力と岩が待つ所に戻ってきました。
「お前こそ国一番の力持ちだ。俺は自分より強いものを求めていた。お前に仕えるのに何の差し障りもない。樽と呼んでくれ。」
「わかった。樽、ついて来い。」
三人の力持ちの旅の始まりです。
数日後、三人は、大きな、でも奇妙に静まり返った町にやって来ました。子供の遊び声も泣き声もしません。人っ子一人見当たりません。通りを走る犬も猫もいません。やっとのこと、家の軒下ですすり泣く娘さんを見つけました。
「どうしたのですか。どうして泣いているのですか。」と力。
「蛇が、大蛇がいるんです。食われたくありません。でも今日は私が食われる番です。一週間ほど前に蛇がこの町に忍び込みました。それからと言うもの夜毎姿を現し、若い女を次々と食らうのです。みんな恐ろしくて家の中に隠れています。今夜は私が食われるのです。」
娘はすすり泣きました。
「とんでもない獣だ。退治してやろう。」と力は二人に言いました。三人は、じっと家で大蛇が出てくるのを待ちました。ついに現われました。戸を壊し、身を隠している部屋に這入りこんできました。赤い目がギラギラ。何と恐ろしい大蛇でしょう。口を開け、赤い舌を伸ばし、娘を捕らえようとしたその時です、岩が蛇の背中に飛び乗りました。樽はしっぽを掴みました。そして、力が重い鉄の棒で蛇の頭に致命的な一発をぶち込みました。グチャ。
娘さんは勿論のこと、町の衆みんなが三人の勇敢な行為に感謝しました。みんなは、そこにいて戦いを見物していたかのようにその夜の出来事を口々に語り合いました。
町の長(おさ)、曰く(いわく)、
「あの悲しい出来事、何と痛ましいことでしょう。でも何もするすべがありませんでした。お分かりのように、私は年老いています。あなた方が私を助けて、ここにとどまって頂けるのなら、何とうれしいことでしょう。町の皆もほっとするでしょう。」
力は、しばし考えこう言いました。
「私に適職かどうかわかりません。今まで、政り事(まつりごと)の経験はありません。学ぶことがたくさんありそうです。いずれにしても、ここにとどまる事に異論はございません。」
長(おさ)はたいそう喜び、こう言いました。
「三人が住むのにふさわしい大きな家を建てましょう。」
年老いた長(おさ)が約束した通り、立派な家がまもなく完成しました。お城のような大きさでした。力は、年老いた両親のことを思いました。
「私がいなくて寂しい思いをしていることでしょう。」
まもなく、両親はお城のような屋敷に招かれ、息子の力とその仲間の岩、樽と一緒に暮らしはじめました。
力とその仲間は協力して長を助けました。彼らの生活は平穏、幸福のように見えました。しかし、まもなく退屈になってきました。
ある日のことです。力が長に言いました。
「私どもはこの平和な日々が物足りなくなってきました。どうもこのような仕事には向かないようです。人々のため、森の木を切ったり、畑を作ったり、橋や家を建てたり、何か体を使う仕事がしたいと思います。」
3人の力持ちのおかげで、町は国一番、活発で、繁盛した所になったそうです。めでたし、めでたし。(2004.8.1)