
山姥の宝みの
むかし、むかし、ある山村にかわいらしい娘さんがおりました。春のある日、仲間と一緒に山に蕨(わらび)取りに出かけました。たくさん蕨を見つけたものですから、夢中になって森の奥へ奥へと入って行ってしまいました。仲間ともはぐれてしまいました。あたりは暗くなり始め、とうとう迷子になってしまいました。
「誰かいますか。ここです。」叫んでも、こだまがはね返ってくるだけです。家路を見つけようと森の中を歩き続けました。遠くに灯りが見えたので、ほっとすると一目散に走りました。それは古びた小屋でしたが、何のためらいもなく戸をたたきました。
「すみません。森で迷ってしまいました。疲れてしまって、もう歩けません。入れて下さいませんか。今夜泊めて頂きたいのですが。」
「開いてるよ。」中から声がしました。
「すみません。ありがとうございます。」
娘さんは、恐る恐る戸を開け、足を踏み入れました。白髪のおばばが囲炉裏のわきに座っていました。目はぎらぎら輝き、口は耳まで裂け、二本の鋭い牙(きば)が生(はえ)ているーまるで山姥のようでした。娘さんは、ぞっとしましたが顔には出しませんでした。むりに笑顔を作ってお辞儀をし、挨拶をしました。
おばばは娘さんに言いました。
「そこに座りなさい。この家や、わしのことを聞いたことはないようだな。」
「はい、聞いたことはありません。こんなに森の奥に入ったのも初めてです。道に迷って、歩き疲れました。すると遠くにこの家の灯りが見えました。」かわいそうに、娘さんは唇を震わせながら言いました。
「わしのことを、山姥と思っているだろう。」おばばは、にやりとしました。「確かに、わしは人間を喰らう山姥だ。怖くないのか。」おばばは、娘さんを怖がらすのを楽しんでいるかのようです。
娘さんは、山姥から目が離せませんでした。あまりにも恐ろしいものですから、何かぶつぶつ言わずにはいられなかったのです。
「山姥でも物の怪(け)でもいいです。今夜ここに泊めてください。お望みとあれば、何でもしますから。」娘さんは今にも泣きそうでした。
「うまそうだな。喰ってやろうか。」おばばはぞっとするような声で言うと、舌なめずりをしました。
「食べてもいいですけど、ここに泊めてください。」娘さんは蚊の泣くような声で言いました。
おばばは突然笑い出しました。
「その言葉、気に入ったぞ。ここに泊まりたいなんて言う子は初めてだね。ついさっきまでお前を喰うつもりだったが、今はなんか妙に懐かしい人に出会ったような気分だ。」
おばばは、笑い終えると、しばらく神妙な顔をして、娘さんに言いました。
「すまんが、今夜はだめだ。山姥の掟に背く。でも真夜中に森へ追い出せば、熊や狼や仲間の山姥に喰われてしまうな。」
そう言うと、おばばは奥から古い蓑(みの)を持って来て娘さんに見せました。
「山姥の蓑じゃ。お前が気に入ったからこれをあげよう。宝みのだ。羽織れば何にでもなれる。お前がなりたいものを言ってみな。それから、食べたいものを頭に思い浮かべれば、何でも食べられる。わしの言っていることが本当かどうか試してみな。」
娘さんは蓑を羽織ると、おにぎり二個、頭に描きました。何と、本当におにぎりが二個、目の前に出てきました。二個のおにぎりを心ゆくまで味わいました。
「もうお前は行ったほうがいい。二人が一緒のところを仲間に見られるとまずい。山姥というものは年寄りを喰うのは好かんから、年寄りに化けな。」
おばあさんに化ける娘さんを見て、おばばが言いました。
「もう大丈夫だ。見るからにまずそうだから。」
おばあさんになった娘さんは、小屋を出ると、森の中をとぼとぼ歩いて行きました。夜空に星がまたたいています。案の定、森の山姥たちにすぐ見つけられてしまいました。突然藪から出てきた山姥たちに取り囲まれてしまったのです。
「助けて!」と叫びましたが、その声は、全く(まったく)おばあさんのようでした。
その声を聞いた山姥は顔をしかめると、おばあさんの皺くちゃな顔を覗き込みました。
山姥の頭領が言いました。
「ばばあだ。骨と皮だけ。うまくなさそうだ。喰う気がしない。」
山姥たちはあっという間に消えてしまいました。
娘さんは、夜通し歩いて山を下ると麓まで来ました。そして、ある村に入りました。とりあえず一番大きな家を訪れてみました。門を入り、戸を開けて「こんにちは」と言うと、男の人が出てきました。
「家に帰る途中で、この村に通りかかりました。実は、昨夜、山で道に迷い、今どこにいるのかも分からないのです。ご迷惑とは思いますが、疲れて歩けません。ちょっとの間、家のどこかで休ませてもらえないでしょうか。」
「かわいそうに、おばあさん。どうぞ中に入ってください。」
その人はその家のご主人でした。あばあさんを気の毒に思い、部屋に通してあげました。
「ごゆっくりこの部屋で休んでください。」
おばあさんは蓑を脱ぎ、すぐに眠ってしまいました。
まもなく主人の息子さんが帰って来ると、部屋で寝ているきれいな娘さんを見つけました。
「あの人は誰ですか。ついぞ見たこともないようなきれいな娘さんですね。」息子さんは尋ねました。
「何を言っている。部屋に通したのは私だが、娘ではないぞ。かなりの年寄りだぞ。ふーむ、よく考えてみれば、そうかもしれんな。キツネかたぬきかも知れん。確かめてみよう。」
二人は部屋に駆け込みました。娘さんは落ち着いていました。ゆっくり休んだので分別を持って今までのことを話すことができました。そして宝みのを見せてあげました。娘さんの話を聞いた二人は、狐が化けたのではない、本物のきれいな娘さんだと納得しました。ご主人は娘さんを家まで送ってあげました。
息子さんも足しげく娘さんの所に通いました。やがて二人は恋に落ち幸せに暮らしました。(kudos)