
雷(いかずち)の丘
大和の国(奈良県)に「雷の丘」にまつわる昔からの伝説があります。
むかし、むかし、雄略天皇が宮廷で多忙な業務を終え昼寝をしていると、やがて夕立になり、雷鳴がとどろきました。耳をつんざくような雷鳴に、みかどはうたた寝から目を覚ましました。
真っ黒な空を見上げながら、大声を出しました。
「うるさい!廷臣たちよ、誰かあの騒がしい雷を退治する者はおらぬか?」
命を受けて、側近の一人が答えました。
「わたしにお任せ下さい。」
「そうか。あのゴロゴロとうるさい雷を生け捕りにできるか。」
「もちろんできます。」
「それなら、直ちに雷をここに連れて参れ!」
「かしこまりました。」
廷臣は、赤い鉢巻をして馬にまたがり、香具山を目指しました。そこで馬から降りると、天の雷に向かって叫びました。
「雷よ、よく聞け!みかどのお召しである!」
廷臣は、再び馬にまたがり宮廷に戻る途中、空を見上げながら、こう思いました。
「雷とは言え、みかどのご命令をないがしろにするわけにはいくまい。」
その時です。激しい雷鳴が頭上でとどろきました。
思わず一瞬目を閉じましたが、すぐ目を開けると、何と、目の前の地面に、雷が転(ころ)がっていました。
「雷が落ちてきた!」
村人たちがぱらぱらと家から飛び出してきました。
「雷を生け捕りにするのだ。手を貸してくれ!」廷臣は村人に言いました。
大きな竹籠に雷を押し込むと、村人の助けを借りて宮廷に運びました。
「ついに雷を生け捕りました!」
みかどは、雷を生け捕りにするのは無理と思っていましたが、物珍しさから皆の前に現れました。人々に囲まれ、雷は落ち着かない様子でゴロゴロ、ピカピカし始めました。
みかどは雷をたいそう哀れに思い、贈り物を十分につけて、雷が落ちた場所に戻せ、と命じました。
数年後、雷を生け捕りにした勇敢な廷臣が急死しました。みかどはその死を深くいたみ、雷を捕らえた丘に埋葬し、木製の立派な記念碑を建ててやりました。碑にはこのように記されていました。
雷を捕(とら)えた英雄の墓
雷は、その墓の記念碑を見て、激怒しました。
「『雷を捕えた』だと!何と無礼な人間どもよ!」
雷は、雷鳴と雷光とともに、天から丘に降りてきました。そして墓と碑を蹴飛ばし、踏みつけましたが、乱暴にしたもので、木製の記念碑に裂け目ができ、体を挟(はさ)まれてしまいました。
「痛い!」
雷は耐え難い苦痛に身もだえし、裂け目から抜け出そうとしましたが、うまくいきませんでした。まもなく村人たちが、雷がもがいているので見に来ました。
「おい!また雷が捕まっているぞ。」
そのうわさは瞬く間に広がりました。
大勢の人々が見物に集まってきました。
うわさはみかどの耳にまで届きました。みかどはまたもや雷を哀れに思い、廷臣たちに、雷を記念碑の裂け目から助けだし、天に戻すように命じました。みかどは、亡き廷臣のためにさらに大きくて立派な墓を建て、このように記念碑にしるしました。
雷を捕えた英雄の墓
生あるうちのみならず、死して後も
やがて、そこは「雷の丘」と呼ばれました。(2013.7.1 With Itaya)
今昔物語より