
かみなりっ子
むかし、むかしのお話です。お百姓さんが畑を耕していると、突然あたりが暗くなり、土砂降りの雨が降り始めました。
「くわばら、くわばら、わー!」
お百姓さんは、近くの大きな木の下に逃げ込み、雨が止むのを待ちました。
稲妻が光り、雷鳴がとどろくと、何かが目の前に落ちてきました。思わず目をつぶり、それから恐る恐る目を開けると、見慣れぬ子が目の前に転がっていました。
「お前は誰だ?雷か?」
お百姓は、鍬(くわ)で子どもの顔を突っつこうとしました。
「お願いです。殺さないでください!僕はかみなりっ子です。雲の上から足を滑らせてしまいました。」子どもは必死にお願いしました。「命を助けてくれたら、恩返しします。」
「恩返し?一体何ができる?」
「どんな願いも叶えます。」
「本当か?よし!ずっと子どもが欲しいと思っていた。結婚して十年もたつのに、まだ子宝に恵まれぬ。子どもをくれると約束するなら、命は助けてやろう。」
「約束します。必ず子どもを授けます。良かった、殺されないで済む。戻ってお父さんにそうするようお願いします。ちょっと離れていてください。近くにいると雷に当たって死んでしまいます。」
かみなりっ子は空に向かって手を挙げて合図を送りました。一筋の稲妻が走ると、その端を素早くつかみ、一瞬にして真っ黒な雲の中に消えました。
しばらくすると、お百姓さんの妻は健康な男の子を産みました。
十年が過ぎ、男の子は心優しく力持ちの少年になりました。都に物凄い力持ちがいると聞いた少年は両親に言いました。
「旅立ちの時が来ました。都の猛者(もさ)を相手に自分の強さを試してみたいと思います。そして人のためになるよう最善を尽くします。」
両親はとても悲しみましたが、息子に別れを告げました。まず、少年は力持ちを訪ね、力比べを申し入れました。
「あなたは都で一番の力持ちとお聞きしました。でも私の方がもっと力持ちだと思います。どうか力比べをして下さい。」
男は大笑いをして十歳の少年に言いました。
「おかしな奴だな!俺の強さを知らぬのか。身のほど知らずめ。お前は庭のあそこにある大きな石を持ち上げられるか?」
「もちろん、朝飯前です。」少年は庭に飛び降りると、いとも簡単に石を持ち上げました。
男の顔色が変わりました。
「いいぞ!腕相撲ではどうだ。俺に勝てるか?」
「もちろん、お茶の子さいさいです。」
少年が男と手を合わせた瞬間、勝負は終わっていました。
男はかっとなって叫びました。
「遊びはここまでだ。さっき持ち上げたあの大きな石をどれ位遠くまで投げられる?」
男は石の所へ行くと、両手で持ち上げ、十メートル離れた庭の中に投げました。
「これより遠くに投げられるか?」
「もちろん、お安いご用です。」
少年は石に駆け寄ると、片手で持ち上げ、投げ返しました。屋根を超えて、三十メートル離れた畑に落ちました。
男は唖然としてしばし口が利(き)けませんでした。
「お・・・お前の方が・・・俺よりも・・・力持ちだ。」
男は少年の力を認めざるを得ませんでした。少年は都でも有名になりました。
その後、少年は明日香に行き、そこの名刹(めいさつ)で修行しました。
ある時、鐘撞きの坊さんが朝早く次々と殺される事件が起きました。
少年は住職に言いました。
「誰の仕業か調べさせて下さい。」
すでに都で一番の力持ちと知られていたので、和尚さんは少年に任せることにしました。少年は鐘の下に座って、一晩中人殺しが現れるのを待ちました。
夜明け前に、何か近づいてくる気配を感じました。
「来たな!」
それは山に棲んでいる鬼でした。少年は鬼の髪の毛を掴むと思いっきり引っ張りました。鬼は、髪の毛を全部抜かれて山に逃げ去りました。それからは、二度とやってこなくなり、お坊さんも殺されなくなりました。
少年は和尚さんの弟子に加えてもらいました。
ある夏、長い日照りで、村の田圃(たんぼ)は数日間で干上がってしまいました。力持ちの例の弟子の僧は、山から大きな岩を持ってきて、川の中にポンと入れました。岩が川の水を分けたので、田圃に水が引けました。川向こうの村人たちは思いがけず川に置いてある岩を見て、口々に異を唱えました。
「俺たちの村の水が少なくなってしまった。」
五十人ほどの村人が岩を持ち上げ片づけました。すると若き弟子は次の日、さらに巨大な岩をおきました。川向こうの村人百人ほどで岩を持ち上げようとしましたが、びくともしませんでした。
「あの若い僧は何という力持ちじゃ!」みんなため息をついて諦めました。
村の田圃は水が満ち、秋には豊作となりました。
「みんなあなたのおかげです。」
村人たちは大喜びで若き僧侶の偉業に感謝しました。
数年後、僧侶はその寺の住職となり、「道場法師」と呼ばれました。後世、この僧侶は元興寺の怪力の僧としてのみならず、名僧として知られるようになりました。(kudos)
「日本霊異記」より