虎の話

kotatu 師走(12月)のある晩、お父さんは、五歳の息子を抱いて炬燵(こたつ)にあたっています。
「お父さん、何か面白い話を聞かせて!」
「どんな話がいいかな?」
「何でもいいよ・・・そうだ、虎の話がいいな。」
「虎の話か?困ったな。」
「お願い、お父さん・・・虎の話。」
「虎の話か・・・うーん、よし、虎の話だ。いいか。
むかし、むかし、朝鮮のラッパ吹きが、その日お酒を飲み過ぎて、山道で酔いつぶれて、いびきをグウグウかいて眠ってしまったとさ。頬っぺたがヒヤッとして、目を覚ますと、大きな虎が濡れた尻尾で頬っぺたを撫でていたんだとさ。」
「どうして?」
「虎はその酔っぱらいを食(く)おうと思ったけど、息がお酒臭くて嫌だったんだ。」
「それからどうしたの?」
「酔っぱらいは恐ろしくて、とっさにラッパを虎のお尻に思いっ切り突っ込んだんだ。虎は物凄い痛さにびっくりして、町の方に逃げて行ったとさ。」
「虎は死んじゃったの?」
「町に着いた時は、お尻の怪我(けが)で死にかけていたんだ。その間、お尻に突き刺さったラッパは鳴り続けていたんだとさ。」
「(笑いながら)それでラッパ吹きはどうなったの?」
「ラッパ吹きはラッパで虎をやっつけたというんで、うんと褒められ、うんと褒美を貰ったとさ。これでおしまい。」
「お父さん。違う話もして。」
「今日は、もうこれでおしまい。」
「ねえ。別の虎の話が聞きたいよ。」
「困ったな・・・よし、じゃ別の話だ。今度は朝鮮の猟師の話だ。
むかし、むかし、朝鮮の猟師が狩りに山の奥に入って行くと、虎が谷底を歩いていたとさ。」
「大きい虎?」
「そうだよ、とても大きな虎だよ。漁師は早速弾を詰めて・・・」
「撃ったの?」
「撃とうとしたとたん、虎は背中を丸めて、大きな岩に飛び移ろうとしたんだ。でも、失敗して地面に落ちたんだとさ。」
「それから、どうなったの?」
「元の所に戻って、また岩に飛びかかったんだとさ。」
「うまく行ったの?」
tiger 「いや、また落ちて尻尾を垂(た)らして、どこかへ行ってしまったのさ。」
「虎は撃たれなかったの?」
「撃たなかったんだ。猟師には、虎が恥ずかしがり屋の人間のように見えて、可哀想になってきたんだ。」
「面白くないや。別の虎の話。お願い。」
「別のか?よし、猫の話をしてやろう。長靴をはいた猫の話だ。」
「いやだよ!虎の話!」
「どうしようもない奴だな!・・・よし、むかし、むかし大きな母虎と三匹の子虎が住んでいたとさ。お母さん虎は、子虎たちと遊んでやり、夜は洞穴で子虎たちと眠ったとさ・・・おい、寝ちゃだめだよ!」
「(眠そうに)わかった・・・」
「ある秋の夕方、お母さん虎は猟師に撃たれて今にも死にそうになりましたとさ。子虎たちは、お母さん虎にじゃれついて、その夜も一緒に洞穴で寝たんだとさ。可哀想にお母さん虎は朝死んでいたんだとさ。子虎たちはとても驚いて・・・おい、聞いてるかい?」
(息子は眠っていて返事をしません。)
「寝ちゃったよ!お母さん、いるかい?」
「今、行きますよ。」(kudos)

 原作:芥川龍之介


A Story of Tiger