トラとキツネ

fox むかし、むかし唐(中国)の国に大きなトラが住んでいました。その大きさから「おおトラ」と呼ばれていました。動物たちはおおトラが怖くて、いつもおべっかを使っていました。たとえばこんな風に、
「おおトラさん、大きいだけでなく頭も良いのね。世界で一番頭が良いに違いないわ。」
おおトラはすっかり、自分は大きくて頭が良いと思ってしまいました。
ある日、年老いたトラがおおトラに言いました。
「お前さんはまったく頭が良いね。でも聞くところによると大和(日本)の国に頭の良いキツネと言うのがいるそうだよ。お前さんよりもずっと頭が良いそうだよ。」
それからというもの、「おおトラ」はキツネという頭のよい動物のことが気になって仕方ありませんでした。自分こそ世界で一番頭が良いと思っていたからです。でも動物たちがひそひそと陰で「頭の良いキツネ」のうわさをしているのが我慢できませんでした。
とうとうキツネに会いに大和の国に行くことにしました。自らの名誉を守るため、「頭の良いキツネ」に挑むつもりです。
トラにとって海を渡るのは至難のわざでした。でもどうにか日本の浜辺にたどり着くことができました。さっそく森のキツネを訪ねてみました。
「君が頭の良いキツネさんかな。はじめまして。私はおおトラ、唐の国から来たんだ。君は私より頭が良いという噂だけど、世界一頭が良いのは私の方だと思うよ。ここに来た本当の理由はね、私の方が頭が良いってことを君に見せたいからだよ。」
キツネはちょっと驚きましたが、落ち着いていました。
「いいわ。そう言うことなら、森の外れまでかけっこしましょう。」
トラはその申し出にニコッとしました。走ることにかけては右に出るものはいません。大きくても太っていませんでしたから、稲妻のように走ることができます。しめた、と思いました。
tiger and fox 「位置について、用意、ドン!」
キツネの合図で、競争が始まりました。
言うまでもなく、キツネなんか相手にはなりません。勝利は決まっているのも同然です。
ところが、ゴール目前、何と、キツネみたいなのがずっと前を走っているんです。
「キツネが前を走っている? まさか。キツネに負ける?」トラはうなりました。
ゴールに入ったキツネが叫びました。
「勝った!勝った!トラさん、私の勝ち。」
トラは自分が負けた事実を受け入れられません。
「もう一回。」トラは雪辱戦を申し出ました。
「位置について、用意、ドン!」トラが合図しました。
「負けられない。負けるもんか!」
「ドン」の合図でトラは稲妻のように走り出しました。前回のスタート地点までの競争です。必死です。前にキツネがいるわけがありません。今度は絶対勝利間違いなし。
ところが、ゴール目前になると、キツネが目に入ってきました。
「何?キツネ?まさか!」うなりました。
先にゴールしたキツネが言いました。
「勝った、勝った。トラさん、また負け。」トラは自分の負けが信じられません。
「もう一回。」トラは言葉を搾(しぼ)り出すようにして言いました。
こんな風にして二匹は何回も何回も走りました。何回競争したのかわかりません。最後にはトラは息が切れてもう走れません。一方、キツネはまだまだ余裕で全然疲れた様子は見えません。

「頭の良いキツネ」の手口がわかりますか。実は、スタート地点とゴール地点にキツネが一匹ずつ居たのです。
cat トラはたいそう落胆し国に戻りました。その後、誰とも競うことはありませんでした。小さくて頭の良いキツネのことを忘れることはありませんでした。おおトラは、キツネに仕返しのため、トラネコを日本に送りこみました。でもネコはキツネとネズミの区別がつきませんでした。おおトラが言ったことはこれだけでしたから。
「頭の良いキツネは小さくて、森をすばやく走り回る。」
ネコはネズミを見つけると捕まえて食べてしまいます。でも近頃のネコは愛玩用のペットとして飼われ、飼い主からとても栄養のある食事をいただいています。太ってしまい、ネズミを取って食べることを忘れてしまったネコは何と嘆かわしいことでしょう。おおトラが知ったら、どう思うことでしょう。(Kudo)

Tiger and Tox