
馬になった男
むかし、むかし、三人の旅人が伊勢神宮に向けて旅しておりました。江戸から何日も何日も歩いて、ある見知らぬ町にやって来ました。三人は、そこの旅籠に泊まることにしました。
三人は、晩ご飯に、見たこともない、おいしい饅頭を出されました。
次の朝、目が覚めると、何と、三人は、馬になっていました。
「うわ、どうなってんだ。」と一頭の馬が、瞬きしながら、馬の言葉で言いました。
宿の主人が、見知らぬの男と一緒に部屋に入ってきました。彼は、馬の仲買人でした。
「いい馬じゃな。」と言うと、主人にお金を渡しました。
三頭の馬は、仲買人に引かれて、外に出ると、お金持ちの商人に売られました。
商人は、馬に、重い荷物や品物をお客さんの家まで運ばせました。
「重いな。」「疲れるな。」「きついな。」と馬たちは言いましたが、人間にはわかりません。
一日中働かされて、食べさせてもらうものは、残り物だけでした。
ある晩のことです。馬たちは、通りすがりの人が、こんなことを言っているのを耳にしました。
「浄瑠璃を見に行こうよ。今日の芝居は、馬の話だ。その上、語り手が有名なんだ。人間の時は、よく見に行ったもんだな。それに、今日の芝居は俺たちのことだぞ。見に行かないか。」と一頭の馬が誘いました。
「俺は、芝居は興味ねえ。」
「俺もだ。」
その馬は、仲間の助けで、馬小屋をこっそり抜け出しました。そして、舞台の裏で、芝居を立ち聞きしていました。
『野原の中に堤あり。堤の周りに、ススキ咲く。その中に縞模様のススキ咲く。馬が食べて、人間になり。』と語り手。
馬は、それを聞くと、飛び上がらんばかりに喜び、猛然と堤を求めて駆け出しました。数日後、ついに縞模様のススキを見つけることができました。
さっそく食べてみると、人間の姿に戻っていました。大そう喜んだものの、まだ馬のままの仲間のことは忘れることはありませんでした。
彼は、ススキを集めて仲間の所に持って戻りました。仲間も人間に戻ることができました。
「これからどうしよう。」と一人が言いました。
「まずは、あの野郎に仕返しだ。毎日、得体の知れないものを出して、客を馬にしているに違いない。」ともう一人。
「それがいい。」ともう一人。
三人は、部屋に忍び込むと、例の饅頭を見つけました。
「こいつがいけねえんだ。これを食って何人が馬になったことやら。」
三人は、それを菓子屋に持って行くと、煎餅に加工してもらいました。
その晩、旅籠を再び訪れると、主人に言いました。
「伊勢の土産です。ちょっと召し上がってみませんか。」
「おやまあ、かたじけない。うまそうですな。うまい。実に・・・」主人は馬になっていました。
「申し訳ない。もう二度とこんな悪事はいたしません。許して下さい。」と馬はいななきました。
でも、馬の言葉をわかる人はいませんでした。(2004.1.7)