注文の多い料理店〜山猫亭〜

冬のある日、しゃれたイギリスの兵隊さんみたいな服を着た若者二人が奥深い山の中を歩き回っていました。肩にはぴかぴかの鉄砲をかつぎ、お供の二匹の犬は白熊ほどの大きさでした。
「変だな。この山には、鳥も獣(けもの)も一匹もおらんようだな。何でもいいから獲物を仕留めたいものだ。本当に。」
「私は鹿を撃ってみたいな。そいつはくるくる回って、それからどっと倒れるでしょうね。」
いつの間にか、案内人の猟師ともはぐれ、二人は奥深い山の中で迷子になっていました。その上、二匹の白熊ほどもある大きな犬がふらふらっとしたかと思うと、うなり、口から泡をふいて死んでしまいました。
yamaneko1 「大損害だ。」と死んだ犬のまぶたをちょっと返してみて一人が言いました。
「まったく。」もう一人は、死んだ犬を見下ろして言いました。
「ここは気味が悪いな。戻った方がいいな。」ちょっと青白い顔で一人が言いました。
「そうですね。寒くなってきたし、腹も減ってきました。戻りましょう。」
風が強く吹き始めました。山のあちこちで草木が、さわさわ、かさかさ、音を立てていました。
「腹が減ってきた。もう歩く気もなくなった。」
「私もです。あったかいものが欲しいです。」
振り帰ると、立派な西洋風の建物が目に飛び込んできました。
その看板にはこう書いてありました。

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「ちょうどいいや。入ろうぜ。」
「でもちょっと変じゃないですか。こんな山奥に料理店があるなんて。本当に食事を出してくれるんですかね。」
「大丈夫だよ。『西洋料理店』って書いてあるじゃないか。」
「とにかく入ってみましょう。お腹が減って倒れそうです。」
入り口に行くと貼り紙(はりがみ)が貼ってありました。

どなたでも歓迎 ご遠慮なく

二人はとても嬉しくなりました。
「ありがたい。山をさまよい歩いて大変だったけど、ただで食事を出してくれる店を見つけたぜ。」
「そうですね。『ご遠慮なく』ってのはただってことですよね。」
入り口を開けると、その裏側に別の貼り紙がありました。

太った方 若い方 大歓迎

「俺たち二人は大歓迎ということだ。」
「そうですね。私たちは太っているし、若いですからね。」二人は大喜びでした。
ちょっと廊下を行くと、青い扉がありました。
「変だな。どうしてこの店には扉がいくつもあるんだ。」
「この店は、きっと露西亜(ロシア)式なんですよ。あの国では、寒い所や山の高い所にこんな家があるそうです。」
青い扉を開けようとすると、また貼り紙がありました。

当店は注文の多い料理店 ご理解を

「こういう店が山の中では人気があるに違いない。」
「そうですね。美味しい食事を出す店は町の中だけとは限りませんからね。」
そう言って、扉を開けました。するとその裏側にまた貼り紙がありました。

注文が多いですが ご辛抱を

「いったいどう言うことだ。」一人が顔をしかめました。
「このお店は注文が多いから、食事を作るのに手間がかかるということでしょう。」
「たぶんそう言うことだろうな。とにかく食事を出してくれる部屋に入りたいな。」
「早く食卓に座りたいです。」
ところがまた別の扉がありました。扉に鏡が掛かっていました。鏡の下には、長い柄のついたブラシが置いてありました。その扉にも貼り紙がありました。
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紳士淑女の皆さん 髪の毛はきちんと 靴の泥は落とすように

「客は身だしなみがよくないとな。もっともなことだ。」
「このお店では礼儀作法がきちんとしていないといけないんです。偉い人が来ているに違いありません。」
二人はブラシで髪の毛をとかし、靴の泥を落としました。
ブラシは、床に戻した途端ぼっーとかすんで消えてしまいました。風がひゅーと部屋に吹き込んできました。びっくりして、二人は身を寄せ合い、扉を開けて、次の部屋に飛び込みました。今度こそ、と思いましたが、食卓も椅子もありませんでした。また別の扉があり、また貼り紙がありました。

鉄砲と弾丸は この台の上に

「たしかに、鉄砲をかついて食卓につくのは失礼だ。」
「その通りです。偉い人が来ていますからね。」
今度は、黒い扉。また貼り紙。

帽子と靴は不用

「どうして脱ぐんだ。」
「しかたないですよ。脱ぎましょう。偉い人が部屋にいるんですから。」
帽子を掛け、靴を脱いで次の部屋に入りました。
その黒い扉の裏に、また貼り紙がありました。
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眼鏡 財布 貴重品等は 金庫の中へ

なるほど、大きな黒い金庫が、戸が開いたまま置いてあって、扉の貼り紙の下に鍵が掛けてありました。
「確かに、こういうものは食事とは関係ないよな。」
「勘定は帰る時ここで払うんだと思います。」
二人は、眼鏡を外し、貴重品はみんな金庫に入れて鍵をかけました。少し行くとまた別の扉です。

壷の軟膏を 顔 腕 脚に塗ること

扉の前にガラス製の大きな壷がありました。
「軟膏を塗るってどういうことだ。」
「外が寒かったから、温かい部屋の中でひび割れしないようにだと思います。高貴な人がいるのに間違いありません。顔見知りになれるかもしれません。」
二人は顔、両手、両足に壷の軟膏を塗りつけました。
急いで扉を開けました。また扉の裏に貼り紙がありました。

耳にも軟膏 忘れずに

「おっと、忘れるところだった。ここの料理長はこまかなところにもよく気がつくね。」
「もう、お腹がぺこぺこです。いつになったら食堂へ行けるのでしょう。」
二人が歩いて行くと、また別の扉に貼り紙がありました。

食事はあと十五分 香水を髪の毛に

二人は扉の前にある金色の小さな香水瓶を手に取ると、髪の毛に香水をかけました。
香水は酢のような匂いがしました。
「この香水、何だか酢のような匂いだな。」
「香水瓶と酢の瓶を間違えたのだと思います。」
扉を開けると、また裏側に別の貼り紙がありました。
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注文が多くて失礼 最後の注文 壷の塩を体全体に満遍なく

塩が一杯入った壷がありました。さすがに二人は怪しんで顔を見合わせました。
「変だ。」
「確かに変です。」
「注文が多すぎる。」
「私が思うに、ここは西洋料理をだすつもりなんかないんだ。わなにかかった奴を料理して食おうとしているんだ。と言うことは、私たちは・・・食べ・・・られる・・・」
それ以上は言えず、二人はがたがた震え始めました。
「逃げた・・・方が・・・」
二人は後ろの扉を開けようとしましたが、びくともしません。廊下の向こうの最後の扉に貼り紙がありました。

上出来 ご遠慮なくお入り下さい

扉には大きな二つの穴があいていて、そこから二つの青い目がこちらを睨(にら)んでいました。
「うわーっ!」一人が、震えながら叫びました。
「あーっ!」もう一人も恐怖で全身震えながら叫びました。
扉の裏から誰かのひそひそ声が聞こえてきました。
「体に塩をこすりつけてないよ。」
「親分の書き方がまずかったんだ。『注文が多くて失礼』なんて書くからだ。」
「親分は分け前をくれないぜ。きっと何も、骨さえもくれないぜ。」
「奴らが入ってこないと、俺たちのせいだ、と言って親分はきっと怒るぜ。」
「呼んでみよう。やあ、お客さん。早くいらっしゃい。料理の準備はできてますよ。菜っ葉の塩もみとマヨネーズを混ぜれば出来あがりです。さあ早くいらっしゃい!」
二人は恐怖でわなわなと震えながら、泣き出しました。
yamaneko5 「さあ、いらっしゃい!そんなに泣かないで。顔の軟膏が落ちちゃいますよ。主人がナイフを持って、舌なめずりしてお待ちかねです。」
二人はどうにもならない状況におちいり、なす術(すべ)がありませんでした。ちょうどその時です。扉が壊れて、大きな犬が二匹、部屋に飛び込んできました。
「うわん、うわーん!」犬は最後の扉に飛びかかりました。部屋の明かりがぱっと消えて、扉の向こう側で大きな物音がしました。誰かが死ぬかのような、ぎゃーと言う獣(けもの)の叫びが聞こえてきました。その瞬間、部屋は煙のように消え、二人は白熊のように大きな犬二匹と、野原のまん中に立っていました。
「大丈夫ですか。」
案内人の猟師が近づいてくるのを見て、二人は安堵のため息をつきました。(Kudos 宮沢賢治の作品より 絵:芳川 豊)
語り:みーな@よみがたりーなWith KAI
Wildcat House