シロ(前半)

むかしは、日本のあちこちに野良犬が沢山いました。その頃、自由に歩き回れたのは野良犬だけではありません。飼い犬も引き綱なしで歩き回っていました。
そんな頃のお話です。

siro
僕は犬、白い犬。だから、僕の名前はシロです。
ある春の日、僕はひとりで人気(ひとけ)のない通りを歩いていると、急になにか不吉なことが起こっている感じがしました。耳をそば立てて、辺りを見回しました。片手に棒、片手にわなを持っている男が、大きな黒い犬の背後に忍び寄っていました。野良犬をつかまえて殺すのを仕事にしている人がいるそうです。明らかに、その男の狙い(ねらい)はその黒い犬です。黒い犬は男が投げたパンの切れ端のようなものを食べています。
「親友のクロが危ない。」クロに知らせようとしました。「クロ、気をつけろ!その男に殺されるぞ!」でも声が出ません。
男は、僕に目を向けると、
「おい、白い犬!吠えてみろ!お前からやっつけてやるぞ!」と言っているかのように、僕をにらみつけました。
僕はとても恐くなり、追っ手に追われているウサギのように、必死に逃げました。助けを求めてクロがキャンキャン泣いているのが聞こえてきました。とうとう捕まってしまったな、と思いました。でも振り返る余裕さえありません。
「ワン、ワン!助けて!」僕は、吠えながら、走り続けました。

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犬小屋に着いたときには、はあ、はあ、と息を切らしていました。でもすぐ気分が楽になりました。僕を可愛がってくれる主人とその家族がいるから、ここは僕にとって最高の場所です。しばらくして、お坊ちゃんとお嬢ちゃんが家から出てきました。僕はしっぽを振って二人に話しかけました。
「ねえ!聞いて。今日、とんでもない奴に出合ったんだ。嘘じゃないよ。」
人間というのは、犬の気持ちがわかるかのように僕たちを扱います。人間に犬の言葉なんか分かりっこない、とは思いますが、僕は真剣に二人に語り続けました。
「隣の家のクロが捕まったんだ。クロは殺されちゃう。僕は間一髪で逃げて来たんだ。」
お嬢ちゃんは、僕がとても興奮している時、僕をいたわって頭を優しく撫でてくれます。でも今日は、僕にさわろうともしません。まるでよその犬に出合ったように僕をじっと見ているだけなのです。
「こんな黒い犬見たことないわ。どこの犬かしら。」お嬢ちゃんは、お坊ちゃんに尋ねました。
「知らないよ。」お坊ちゃんが答えました。「多分、野良犬だよ。」
「誰のことを話しているんだよ。」僕はもう一度吠えました。
犬には人間の言葉が分からない、と思っているのでしょうが、本当は分かるのです。だから、人間が教えるいろいろな芸ができるのです。
「僕だよ。お嬢ちゃん。シロだってば。」僕は、一生懸命吠えました。僕の話す言葉は、「ワン、ワン、キャン、キャン」だけですけど、「僕はシロだよ。」と言おうとしたんです。
「そう言えば、隣のクロに似ているわね。」と、またお嬢ちゃん。
「本当だ。真っ黒だ。でもクロの兄弟かどうかわからないよ。」
「真っ黒だって?」僕は自分の足を見ました。前足も後足も本当に真っ黒です。
「なんてことだ。全く。」僕は気が狂ったように吠え続けました。
「恐い!この犬、恐いわ。」お嬢ちゃんが叫びました。
「痛っ!」
突然、お坊ちゃんが竹の棒で僕の肩を打ちました。また棒を振り上げました。僕は身をかわして棒を避け(さけ)、激しくお坊ちゃんに吠えました。
「やめてよ!僕はシロだよ。今は真っ黒だけど、この家の犬のシロだよ。」
「なんて、図々しい!」お嬢ちゃんは僕に嫌気がさしたようです。
お坊ちゃんは石を拾って僕に投げつけました。
「あっちへ行け。この、ろくでなし!」
僕の背中に石が当たりました。もう認めてもらうのは諦めました。僕はがっかりして立ち去りました。
「ああ!とうとう宿無しの野良犬になってしまった。もう誰も僕のことかまってくれない。」
もう白い犬じゃないんだ、と認めざるを得ません。深くため息をついて、空を見上げました。

3
ある日の夕方、見知らぬ通りをとぼとぼ歩いていると、突然子犬の泣き声がしました。
「キャン!キャン!助けて!キャン!キャン!助けて!」
僕は今度こそは勇気を出して、泣き叫ぶ子犬の方に突進していきました。
犬殺しはいませんでしたが、いたずら小僧が三人、子犬を囲んでいました。一人が首輪のひもを掴むと、二人が足で子犬を蹴ります。
「キャン!キャン!助けて!キャン!キャン!」かわいそうな子犬は叫び続けました。
僕は、鋭い牙をむくと、噛みつくふりをして子どもたちを威嚇(いかく)しました。そんな僕を見て、子どもたちは一目散に逃げてしまいました。僕は振り向くと、子犬に優しく声をかけました。
「大丈夫かい?家まで送ってあげるよ。」

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二、三時間もすると、僕と子犬は大きな家の前にいました。
「おじさん、助けてくれてありがとう。ここが主人の家です。おじさんはどこに住んでいるんですか。」
「おじさんかい?ここからちょっと遠い所だ。君はまだ行ったことがないと思うよ。」僕は深くため息をついて、「もう帰らなくては。」と子犬に言いました。
「ちょっと待ってください。おじさんのご主人は厳しいですか。」子犬は尋ねました。
「主人が厳しい?どうしてそんなことを聞くんだ。」
「もしそんなに厳しくなかったら、今夜は僕の所に泊まっていきませんか。ここの主人は毎晩、私においしい夕食を出してくれます。一緒に食べましょう。」
「ありがとうよ、でもおじさんはちょっと忙しいんだ。もう帰らなくてはいけないんだ。ご主人によろしくな。」
僕はたそがれ空を見上げると、歩き始めました。
「クン、クン。」子犬は鼻を鳴らしました。
「ポチと言います。おじさんの名前は?」
「シロだ。」
「シロ?変な名前だな。だっておじさんは真っ黒なんだもの。」
僕は子犬の言葉を聞いて悲しくなりました。
「それでも、シロだ。」
「じゃぁ、シロおじさん、今度遊びに来てください。」
「そうするよ。ポチ。じゃぁな。」
「お元気で。シロおじさん。またね。」子犬はしっぽを振りました。(Kudos) 

シロ(後半)

犬の飼い主への10戒


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