
精霊の導き(後半)
最後の精霊
目を覚ますと、ほぼお昼どきでした。最後の精霊が厳かにやって来ました。老人は精霊の前にひざまずきました。精霊の身に着けている外套は、その顔や身体をすっぽりと覆い隠すほど長くて、わずかに手だけが出ていました。
老人は精霊に言いました。
「あなたが、私の未来の精霊ですか。私の未来を見せに来たのでしょうか。」
精霊は頷いたように見えました。精霊が何もしゃべらないので老人はかえって恐ろしくなり震え出しました。
「いままでの精霊よりもあなたがとても恐ろしいです。心を入れ替えて生きていきたいです。あなたの仰せに従います。」
精霊は老人を黒い外套で包みました。
老人は町の人の集まりの中にいました。みんなが口々に話していました。
「いつ死んだんだい?」
「昨晩だってさ。」
「あんなに急に死ぬとは思わなかったな。」
「いつ死ぬのかなんて誰にもわからないよ。」
「あの人の財産を相続するのは誰かな。」
「わからないな。とにかく俺には関係ないことだ。」
「それにしても金持ちにしては質素な弔いだったね。」
老人は自分も人々と一緒にそのお弔いに参列しているかと思い、見回しましたが・・・
それが自分のためのお弔いだと悟りました。
「精霊さま。よくわかりました。」そう言うやいなや、場面が変わりました。
老人は墓の前に立っていました。なんとその墓石には自分の名前が刻まれていました。
「寛大な精霊さま、助けてください!」老人は精霊の外套をつかみました。
「三人の精霊の教えがわかりました。もういままでの私ではありません。これからは、自分のためではなく、人のために励みます。」
精霊が霧のように消えると、老人は再び自分の部屋に立っていました。
新しき生活
素晴らしい朝でした。老人は戸を開けると新鮮な空気を頬に感じました。大きく息を吸い込むと顔がほころびました。ちょうど子どもが家の前を通りかかったので声をかけました。
「今日は何日だい?」
「お元日さ。」
老人が思っていた通り、三人の精霊は一晩のうちに現れたのでした。
老人は髭を剃り、一張羅(いっちょうら)の洋服を着ると、にこやかに家を出ました。
老人のうれしそうな顔を見て、みんなが諸手(もろて)を広げて新年の挨拶をしました。
「あけましておめでとうございます!」
「おめでとうございます。みなさん!」老人も明るく挨拶を返しました。
老人は、生まれて初めて人々と笑顔で挨拶を交わしました。通りを歩いて、子どもの頭を撫でてやり、物乞いに小銭を施し、家々や木々を眺めました。見るもの全てが新しく新鮮で、幸せな気分になりました。
老人は甥の家の戸を叩きました。
「どちら様でしょうか?」
「わしだ。お前の叔父だよ。お節(せち)料理を相伴させてもらおうと思ってな。入ってもいいかな。」
甥は、喜んで戸を開けました。
「あけましておめでとうございます!」二人は新年の挨拶を交わしました。(Kudos 原作:チャールズ・ディケンズ「クリスマス・キャロル」より)
精霊の導き(前半)