ビルマの竪琴　A Lyre in Burma

ビルマの竪琴（第Ⅰ部）

第二次大戦が終わり、アジア大陸や南方の前線に送られていた日本兵が本国に戻ってきました。その家族たちは、息子や父親、または兄弟たちに、一刻もはやく会いたくて港に迎えに来ていました。船から降り立った復員兵たちは、誰もが痩せこけ顔色も悪く、元気がありませんでした。中には病人や怪我人もいて担架に乗せられていました。
そんな中にあって、はつらつと楽しく歌っている小隊がありました。二重唱、三重唱で歌っているときもありました。
「あいつらは、どうしてあんなに楽しそうに歌っているのだ？戦地では何を食べていたんだ。」周りの兵隊さん達は不思議に思いました。
彼らは幾多の苦難に会いながら、ようやくビルマ（現ミャンマー）の戦場から帰国したのです。日本の音楽学校を出た若き小隊長の下でいつも歌っていたのです。そのお陰で、彼の小隊は絶望することなく戦争を生き延びられたのです。

彼らの一人がこんなふうに語ってくれました。
私たちは、賛美歌やシャンソンをはじめ、イギリス、ドイツ、イタリア、日本の歌曲など色々な曲を歌いました。中でも「埴生の宿」は、何回となく三重唱、四重唱で歌って故郷を偲びました。
私たちは、竪琴の名手である水島上等兵を囲んで座り、腕を組み、目を閉じ、彼の演奏に聴き入ったものでした。「埴生の宿」を歌うと、彼は竪琴で伴奏してくれました。
戦況は日に日に悪化していき、私たちはついには山奥に逃げ込むことになりました。
ある日、私たちは敵に囲まれました。私たちの近くまで来た敵兵が、英語で話しているのが聞こえました。彼らは偵察に送られたのでしょう。
「たばこが吸いたい。」一人の敵兵が言いました。
「だめだ！」もう一人が言いました。
「大丈夫だ。この辺には日本兵は一人もいない。」
彼らは、私たちが隠れていることに気づかなかったようです。一人がマッチを擦ると、そのあかりで二人のイギリス兵が、岩の上に腰をおろしているのが見えました。一人が口笛を吹き始めると、もう一人がそれに合わせて歌いました。「蛍の光」でした。
「今頃、両親は何をしているかな。」二人のどちらかが言いました。
その時、竪琴の音が遠くから聞こえて来ました。
「あれは何だ。」
「わからない。でもいい音だな。」
二人は立ち上がると、山を下って、竪琴の音がする谷に降りていきました。
私たちは、助かったのです。

水島は２２歳、裸になって赤と黄色の模様の腰巻のようなものを巻くと、まるで生粋のビルマ人に見えました。
「私・・・ビルマ人・・・ビルマ、いい国・・・」
彼が片言のビルマ語で話すと、みんな大笑いでした。
ある日、私たちは小さな村で歓待され、お返しに数曲歌いました。不思議なことに、村人が一番喜んだのは、日本歌曲「荒城の月」でした。村人は私たちの周りに集まり、私たちの合唱に耳を傾けました。しかし、村人たちがもっと喜んだのは水島の竪琴でした。ドイツ歌曲「野ばら」を歌っている時、何か様子がおかしいことに気がつきました。いつの間にか、村人たちはいなくなり、私たちはイギリス兵に囲まれていました。
小隊長が低い声で、
「歌を続けろ！我々が気づいたことがわかれば、彼らはすぐに撃ってくる。包囲されたことに気がつかないふりをしろ。」と命じました。
すると水島は爆薬が入っている大箱の上に登りました。彼はイギリス軍の攻撃から爆薬を守ろうとしたのです。イギリス軍が箱めがけて発砲してきたら、水島は勿論のこと、私たちも木端微塵（こっぱみじん）になっていたでしょう。
私たちは歌い続けました。「庭の千草」や「埴生の宿」のようなゆっくりした曲を選びました。
「埴生の宿」を歌い終えた時のことでした。森の方から同じメロデイが聞こえてきました。敵方が英語で「埴生の宿」を歌っているのです。続いて「庭の千草」が聞こえて来ました。私たちは、これら二曲とも日本の歌だと思っていましたが、実は古くからあるイギリスの歌だったのです。彼らは歌いながら、子供の頃や両親や故郷のことなどを思い出していたのかも知れません。
もはや敵も味方もありませんでした。手と手を取り合って火の周りに集まり、共に歌いました。
イギリス兵が‘If a body meet a body,the thing is…..’と歌うと、我々の一人が「故郷の空」を歌い始めました。イギリス兵と日本兵、両方が肩を組み合い、闊歩（かっぽ）しました。
水島は竪琴で伴奏し、拍手喝采を受けていました。水島が頬に涙を流しているのを見て、両方の兵士たちも、目にいっぱい涙をためて歌いました。
戦うことなく、私たちは武器を捨て、イギリス軍の捕虜となりました。私たちは、そこで戦争は３日前にもう終わってしまったのだ、と知らされたのでした。(Kudos)

ビルマの竪琴（第Ⅱ部)